白濁 2

 女性陣からの視線を浴びながら、堂さんは桜ちゃんに頭を下げた。対して桜ちゃんは怒ることなく頷いて、その後に許しの微笑みを浮かべてくれた。良い嫁さんになるだろうさ。

「推測とはいえ……誰だって気持ちよくはないっすよ」

 これは皮肉じゃないが、俺は堂さんの尋問染みた話し合いを批難した。

 愛ちゃんが言った通り、この面子に綾さんを襲う動機を持つ奴はいないだろう。人格者だし、人と真剣に向き合ってくれるお姉さんを殺すとしたら一番の候補は堂さんだが、こんな場所で元カノを殺すような人じゃないし、綾さんに夢中なのは今も昔も変わってない。

 それなら対象は家の連中になる。自分の豊かな想像力に頼るなら、この家の連中が喰人鬼という答えだが、その証拠は今のところ何も見つかっていない。ただ、綾さんに関して重大な手懸かりを俺は持っている。

 議論している堂さんを一瞥し、俺はその会議に加わっている感じを出しつつポケットの中にある一枚のタロットカードに触れた。それは綾さんのベッドの毛布の中に押し込まれていたものだ。蝙蝠羽根の悪魔と、鎖につながれた裸の男女が描かれた悪魔のカードだ。

 それを見つけたことは誰にも言っていない。堂さんと桜ちゃんにバレそうになったが、巧みな話術で切り抜けた。家の連中を疑うのなら、残された手懸かりを知られるわけにはいかないし、仲間内でも教える相手は選ばないといけない。

 さて……どうしようかねぇ。

 面子を見渡してみる。この手懸かりを安全に共有出来るのは……拓ちゃんか桜ちゃんあたりかもしれない。その二人なら……。

「どこへ行くんだ?」

 席を立とうとした瞬間に、案の定、堂さんが声をかけてきた。

「ちょいと野暮用でして、ね」

 道化らしく堂さんへ笑いかけ、俺はがに股でサロンを後にした。

 サロンから俺の姿が見えなくなるタイミングでポケットに手を突っ込んだ。このカードが綾さんの持ち物だということはすぐにわかったが、如何せん占いに心得はない。綾さんの占いに最も入れ込んでいたのは堂さんだ。相手の目を見て判断するという行為も綾さんの受け売りだから、悪魔の意味も知っているとは思う。だけど訊こうとは思わない。馴染み深いからこそ……心情の変化は即座にわかる。今の堂さんに幻想の世界は危険だろう。

 階段を駆け下り、桜ちゃんの部屋へ向かう。

 宛てがわれた客室は全て内鍵しかないため、中に人がいないのなら侵入は簡単だ。

 そっとドアを開けて部屋の中を見渡す。窓が無い以外はどこの部屋も同じだが、飾られている――というか、ただ置いてある感じの人形はどの部屋も同じじゃない。それに気付いた堂さんが熱心に弄っていたが、変態にしか見えなかった。

「ガン飛ばすんじゃねぇよ」

 こっちを見ているような気がする気味の悪い人形にタオルを掛けてから、目に飛び込んで来た桜ちゃんのバッグの中にタロットカードを忍ばせた。もしも家の連中が入り込んで来ても簡単には見つからないだろう。逆さまにして揺するだけじゃ落ちないだろうし、桜ちゃんはきっと見つけてもいきなり全員に問いかけるようなことはしないはずだ。

 バッグを元の場所に戻し、人形に掛けていたタオルを取り払った時――どこからか物音が聞こえてきた。何かこう……重たいものを引きずっているような地響きも混じっている。脳裏に過るのは、桜ちゃんと堂さんの会話だ。

 次第に小さくなるその音を追って、壁伝いに進み――出所が医務室だとわかった。誰もいないはずの部屋から聞こえてくる物音はホラーじゃ禁忌だ。それに、誰かにこの状況を見られるのも危険だ。

 音の出所に別れを告げて、俺は桜ちゃんの部屋から出て二階のサロンへ戻る。バタバタと階段を上がっていると、踊り場を見下ろしていた久留米と出会してしまった。綺麗ちゃんだけどロボットみたいに無機質だから、見下ろされると余計に怖い。

「どちらへ」

「ああ……その、ちょいと野暮用でして」

「トイレでしたら二階の廊下にもありますが」

 無表情のまま俺を咎めるようにして階段を下りて来る久留米。その瞳は俺を斬り付けるが、古今東西瞳で死んだ人間はいない。

「わかりまっしゃろ? お腹が痛い時なんかは聞かれたくないことがあるって……」

 苦しい言い訳だったが、久留米は納得したのかそれ以上は何も言わずに一階へ下りて行った。それを確認してから、何気ない感じでサロンへ戻った。どうやら桜ちゃんも落ち着いたようで、もう堂さんは睨まれていない。

「ちゃんと誤解を解きました?」

「お前に言われなくてもな」

 そいつは結構。と肩をすくめてみせた俺は、医務室の出来事に蓋をしたまま加わった。

「堂さん、結局この面子を疑うのは無意味っすよ」

「ふん。何か言いたげだな」

 憎々しげに俺を一瞥した堂さんは、ポケットから煙草を取り出した。

「言いたいことは……まぁそのうちにね」

 気にするべきは家の連中だが、それを口にするのも危険だがらそれだけにしておいた。すると、眼帯千鶴がイヤホンマイクに手を当てた。

「皆様、十二時になりますので、お食事を用意いたします。しばしこちらでお待ちください。何か必要なものはありますか?」

 眼帯千鶴は俺たちを見渡し、一礼してサロンから出て行った。

「……気を取り直して、昼飯を謳歌しますか」

 俺は努めて明るく言った。道化は暗い空気にこそ輝くものだ。自分のモットーに従い、道化のまま昼食を待った。

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