贄座の経 3
赦してくれ……海……。
こうするしか……ないんだ……。
「そ……ら……?」
耳元で優しく囁かれたような気がして、私はやおら目を開けた。
水の中にいるかのようにぼやける視界の中で、辛うじて把握出来たのは囲炉裏と木造の壁と神曲のキッチンに立つ自分と――囲炉裏の前に正座している羽織袴の空だ。ぼやける所為で明確に判別は出来ないけど、それは間違いないはずだ。
そんな空へ今すぐにでも駆け寄りたいのに、縛られているのか何故か身体が動かない。それにここはどこだろう思ったけど、今はそれよりも話すことがある。
『巻き込んでごめん……海……』
「空……どこにいるの……?」
『俺を捜しに来ないでほしい……そう思ってた。それなのに……まさか置きっぱなしにしてたスマホに死形婚の写真があったなんて思わなかった……』
「どうしてそれを知ってるの……?」
『こうして目を開ける前に……少しだけ海たちの映像が見えたんだ……』
「それなら……自分の片割れが……唯一の家族が……いなくなったのに捜さない奴がどこにいると思うの?!」
取り残された人の気持ちを微塵も考えていないような発言が出たことにカチンときた。マコちゃんを筆頭に関わってくれた人たちの顔が思い浮かぶ。
「そんな勝手なこと……マコちゃんと美穂と……恵梨香ちゃんにも言えるの?! 心配してくれる人たちに……そんなことを……!」
『迷惑かけて……ごめん……』
「そう思うならさ……」
『生きては帰れない……こうして海に呼びかけられているのが不思議なほどだ』
「生きて帰そうとしてないのは……絹さんでしょう? そのお兄さん……辰さんが空にそっくりだから……空のことを辰さんだと勘違いしてる。それを教えないと空が……!」
『それを証明出来ないし……出来たとしても絹さんは信じないだろう』
その通りだ。いくら言い聞かせようとしても聞く耳を持たなかった。あれを説得出来るのは由乃さんか辰さんだけだろう。だから辰さんをどうにか正気に戻せないかと動いたのに……。
「空……絹さんが全ての始まりなら、彼女と辰さんを止めれば人形たちも大人しくなるの……?」
『いや……人形たちが求める死形婚と絹さんの動きは別だ……。今思えば……俺のスマホに送られた死形婚の誘いに乗って……』
「だから私にも聞こえたのか……あの囁き……」
空の言うことが本当なら、あの人形たちは勝手に贄座へ集まったんだろうか。空と絹さんの死形婚のようなもののために……。
「だとしたら……誰があの村の闇を支配してるんだろう……」
『昔は久流の世界だった……だけど今の支配者は人形たちだ。こうして……外から見ているからこそ見えるものもある……』
「外から見てる……? どういうこと?」
空は応えない。だから、
「今の支配者は人形……?」
『……絹さんの関心は辰さんだけだ。あの人のために贄の覚悟を背負ったのに……村は救われても辰さんは救われなかった』
絹さんの犠牲で村が救われたのは事実らしいけど、あの様子を見ると藁将様の伴侶にはなっていないみたいだ――というよりも、久流夜朱が口寄せしたのは誰なんだろう。演技には見えなかったとはいえ、コックリさんみたいなもので何の関係もない霊を口寄せしたのなら……それは……。
『俺が絹さんと一緒に流れれば……何らかのアクションが起きるかもしれない……』
「その保証は何一つないじゃん……。今の闇を支配してるのが人形たちなら……絹さんだけを成仏させても――いや……それで絹さんが成仏するかなんてわからない! もう絹さんは怨霊なんだよ……!」
『迷惑かけて……ごめん……』
「だから……! そう思うのなら……死者とじゃなくて生者の私と――私たちと一緒に現実を生きて!!」
『だけど……今更どうすることも……』
「辰さんの幽霊を成仏させられたなら……もしかしたら――」
絹さんを説得してくれるかもしれない。そう言おうとした瞬間――。
邪魔を……するな……!!
空へ寄り添うようにして絹さんがいた。全身をヘドロ塗れにされた惨たらしい姿のまま、燃え上がる深紅の瞳を見開き――膠着していた私の身体は吹き飛ばされた。
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