第拾壱幕 贄座の経
お待ちして……おりました……。
この身はもう……傷物にして紛い物です……。
抑揚のないその聲が響くのは、久流邸の中心に作られた贄座の中だ。
中心に位置する湖の水面を露にする虚の穴をグルリと取り囲む席には数多の花嫁・花婿人形たちが集い、水面へ沈む階段の手前に用意された毛氈に座り金屏風を背負う空を――辰を一心に見据えている。
辰は傷んだ羽織の袴を纏い、焦点の合わない瞳を向かい側へ向けている。
水面を挟んだその向かい側に座るのは、薄汚れた白無垢を纏った絹――の藁人形だ。
それでも……兄様は私のもとへ……帰って来てくれた……。
絹が動かす藁人形に口は無い。その声は空へ直接囁かれているもので、花嫁・花婿人形たちにその声は聞こえていない。
それだのに……どうして兄様は……何も仰ってくださらないのでしょうか……。
こうして……結ばれる時が来たというのに……絹は……絹は悲しいです……。
渦を描くように置かれた行灯の灯火が揺らぎ、新たな夫婦を見据える人形たちにも微かな不安が生じた。しかし、その不安に対して二人の対角線に位置する藁の
口惜しぃ……私は村のためではなく……兄様のために……終わりたかった……。
でも……こうして兄様は来てくれました……それだけで……私はいつでも終われます……。
絹の藁人形はやおら立ち上がった。その動きは藁にも関わらず人間と何ら変わらず、それに呼応するかのように白拍子の人形も立ち上がった。
さぁ……兄様……今度は……一緒に流れましょう……。
これで……片翼を失った私たちは……飛べましょう……比翼のように……永久に……。
絹の藁人形は空に向けて誘うように左腕を差し出した。お手引きを、という意味なのだろうが、それでも空は立ち上がろうとも動こうともしない。すると、白拍子の人形が空に向かって歩き始めた。
カクッ、カクッ、とロボットのように歪な動きで空の横へ来た白拍子は、佩刀した太刀に手を伸ばした。
コタエヨ……ハンリョトナルモノガ……ヨンデ……オルノダ……。
それでも空は虚ろなまま応えない。
ココロガワリハ……バンシニアタイスル……ユルサレヌコトヲ――。
白拍子が太刀を抜こうとした瞬間、贄座を囲む四つの引き戸の一つが音を立てて開いた。
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