狂気の夜 2

 辰の野郎は手負いだ! 絶対に逃がすな!

 奴は儀式を妨害して久流様を斬り付けた罪人だ!  

 他の連中は山狩りへ! 女たちにも篝火を用意させろ! 

 今度は何が起きたのか、刀だ槍だ農具だで武装した野良着の連中があちこちを走り回っている。久流様を斬り付けた、という発言からして下手人はあの面具の男――絹とやらの双子の兄である辰とかいう奴だろう。時間の流れが狂っているのか、これが前なのか後のことなのかわからなくて混乱しそうになる。

 でも混乱のおかげで男どもは村の外ばかりに気を向けている。篝火と野良着の馬鹿の隙間を抜けてあたしは拝殿に入り込んだ。壊れていない時代の拝殿だから、外から見られる心配はない。

 拝殿の中に光源は無く、あたしの懐中電灯が浮かび上がらせたのは一文字の廊下とその左右に二つずつ並ぶ木造の引き戸と奥にある両引き戸だ。あの奥にある両引き戸の向こうは位置からして川の真上にあるんだろう。誰かが後ろから入って来ないうちに、あたしは一文字廊下を早足で抜けた。

 そのまま早足で両引き戸に聞き耳を立てる。すると、ヒソヒソ声のようなものが聞こえて来た。大人数で何かを話している感じだが、そのしゃべり方が棒読みというかロボットというか、人間味が感じられない機械の音声みたいでイラッとする――ということは、

 ガララ、と片方の引き戸だけを僅かに動かし――懐中電灯が照らしたのは、部屋の中心でぽっかりと口を開けている四角い穴とそれを挟んで二列ずつに並んでいる花嫁・花婿・白無垢・羽織袴人形の列だ。その列の前後には変な祭壇があって、人形共は全部が俯いている。祈りでも捧げているのか知らないが、祭壇の上には羽織袴の人形が座っている。

「……んだよ、〝独身の人形同士〟で結婚式でもしてんのか――」

 ムカつく光景にあたしは花嫁のツラを見てやろうと反対側の祭壇へ懐中電灯を向けた――その瞬間、自分が見た光景に全身が竦み上がった。

「メルッ……!!」

 両引き戸を叩き開けたあたしは並んでいる独身人形たちを蹴散らしながら祭壇へ駆け寄った。白無垢を着させられているメルの側へ屈み、邪魔な角隠しを剥ぎ取った。

「メル! ちょっと……メルってば!」

 殴られたくなければ起きなさいよ、と脅すけどメルは目を開けようとしない。でも息はしてるから連れ出せる。嫁入り前なのに着させられた白無垢を剥ぎ取り、掛下も剥ぎ取り、長襦袢だけで動きやすくした。

「手荒にすっけど……文句なしね!?」

 動かないメルの身体を、グイ、と無理矢理抱きとめ、あたしは防空壕へ帰ろうと踵を返し――足を止めた。いや……止められたが正しい。何故なら……、

「ガン飛ばしてんじゃねぇよ……!」

 花嫁を連れ去ろうとしている、とでも思ってるのか、人形共が全員こっちを見ているからだ。


 ドウシテ……? ドウシテ……?


 ツレテクノ……? ドウシテ……?


 ハナヨメ……イッショニ……ナガレルノニ……。


 ガチッ、ガチン、ガキン、と関節を歪に鳴らしながら立ち上がった等身大の人形共は、ゾンビみてぇに片手を突き出しながら動き始めた。

「死形婚なんざやってるからこうなんだよ……!」

 クソッタレな村め、滅んで当然じゃ……!

 剥ぎ取った白無垢を拾い上げると同時に、近付いて来た人形共に向けてそれを投げつけ、「おらぁ!!」と、白無垢越しに人形共へ渾身の拳をぶち込んでやった。ガシャン、と脆い音と共に、殴りつけてやった人形共は白無垢を連れて穴に落ちて行った。ざまぁみろ、馬鹿がよぉ!


 ドウシテ……ドウシテ……?


 イッショニ……トケテェ……。


 今度は掛下を使って人形共を砕いてやった――のに、それでも人形共は減らず、加えて左右の両引き戸には蜘蛛みたいに天井も壁も這う輩がガッチリとガードしてやがる。この部屋から逃げるには……。

 踵が宙に浮いた。肩越しに見た背後には流れるヘドロ川へ落ちる穴がある。

「クソが……」

 追い詰めたぞ、と人形共はジリジリと距離を詰めて手を伸ばす。

 あちらさんの腕力はわからない。こっちの骨を簡単に砕けるなら直接の殴り合いは無理……それなら――。

 あたしは飛び退いた。その行き先はヘドロ川の中――バチャン! という重たい水の音が耳の中へ入り込み、スライムみたいな水が全身を舐め回した。とてつもない嫌悪感に絶句すらも通り越して思考停止がよぎったけど、抱きしめているメルの身体が動いた瞬間に意識は覚醒した。

 耳の中にも目にもマスクごと口の中へ押し寄せる嫌悪に耐えつつ、異様に深いヘドロの中をがむしゃらに泳いで水面へ出ようとした――けど、あたしの右足を何かが掴んだ。振り返るまでもない。あたしはメルの身体を渾身の力で水面へ押し出し――。


 イッショニ……ナガレマショウ……。


 水の中でもハッキリ聞き取れる棒読みに囁かれたあたしは――全身を弄られる嫌悪に叫び声をあげた。

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