飢饉の贄 4
場所はさっきと同じ囲炉裏の前。そこに空の姿は無く、囲炉裏を挟んだ向かいにいるのは久流さんだ。その左右には立派な体躯を持つ野良着の男性二人が立っている。まさか……。
「もう一度告げる……絹よ、この村のために藁将様の
「絹よ……すまねぇな」
「こればかりは……どうすることも出来ねぇんだ。藁将様に選ばれちまったんだよ……」
久流さんと二人の男性は深々と絹さんへ頭を下げた。
この光景に至るまでを私は見ていない。ここまでにどんな会話があって、絹さんがどんな反応をしたのかもわからない。泣いているのか、それとも動じていないのかすら私にはわからない。鏡に映るのは同じ顔だというのに……。
「儂のような年寄りの命で村が守られるのなら……この命、喜んで差し出しただろう。だが……藁将様は伴侶として絹を求めておられるのだ。このままでは飢饉によって村が全滅してしまう」
頭を下げたまま久流さんはそう言った。すると、絹さんは視界を左右に動かしてから久流さんを見据えた。
「私が選ばれたのは……嫁ぐ先も家族もいないからでしょうか」
「わからぬ……藁将様の大御心がわかるのは夜朱だけであろう……」
「兄様が帰って来るまでの猶予は……ありませんね」
「この状況では使いも出せぬ……」
「……わかりました。どうせこの身は朽ち果てるのを待つだけです。そんな女の命で村も……兄様も生きていけるのでしたら藁将様の伴侶にでもなりましょう」
「そうか……絹よ、儂にとって村の者たちは皆が息子であり娘である家族だ。皆とこれからも生きていける……それが当然なのだと思っていた。自分の娘を目に見えぬモノへ差し出さなければいけないなど……残酷過ぎる。だが、村を全滅させるわけにはいかぬのだ……無力な儂らを赦しておくれ……」
久流さんはそこまで言うと泣き崩れてしまった。それもそうだろう。私が久流さんの立場だったら生贄になってほしい、なんて言えない……。
「家のことは……兄様が帰って来るまでこのままで……あっ……いえ、少しだけ待っていただけますか?」
絹さんは立ち上がり、和紙と思われる紙を用い、文机で何かを書き始めた。さすがにその達筆は読めなかったけど、おそらくは空に向けて最期の言葉を書き残しているんだと思う。だけど、涙の一つも落とさないまま絹さんは全てを書き上げた。
命への価値観が違うから死ねるんだよ、マコちゃんならそう言うかもしれないけど、私からすると絹さんが死を受け入れたのは空のため……というのが一番大きいんだと思う。
「兄様……約束は守れそうにありません。不出来な片割れは……先に父様と母様のもとへ逝きます……」
そして絹さんは久流さんたちのもとへ戻った。
「赦しておくれ……絹よ……」
久流さんへ促され、絹さんは入り口へ向かったけど、一度だけ立ち止まり振り返った。家族と過ごしていたであろう光景を瞳に焼き付けるように見つめた後、静かに歩き出した。
絹さんを入り口へ促す二人の男性も泣き崩れてしまいそうな悲痛を浮かべており、誰もが彼女を生贄にすることを嘆いていることがわかった。
私は……過去の映像をどうすることも出来ないまま、絹さんの覚悟を見送ることしか出来なかった。
あぁ……口惜しい……。
口惜しぃ……。
絹さんの心の声を聞きながら、私は家から出――。
視界が黒に染まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます