飢饉の贄 3

 今度は藁将村のどこかの民家にいた。だけど、今までと違うのは私の視界が誰かの視界と重なっているという状況だ。

 その誰かはパチパチと音を立てる囲炉裏を見ており、挟んだ向かい側には他の誰かがいるみたいだ。

「明日……江戸に発つ。戻るのはずいぶん先になると思う。一人でも大丈夫か?」

 囲炉裏を挟んだ向かい側にいるのは男の人だ。優しそうな声で話しかけているから、家族か旦那さんかもしれない。どんな人なのか見たいけど、私の視界は動こうとしない。

「もう……兄様ったらまた私のことを子供扱いして……」

「はは、すまんすまん。十七になっても独り身だから心配でな」

 その言葉に対し、私の視界はようやく男の人を見据えた――。

 ……空?

 私の視界が捉えたのは、村の人たちよりも少しだけ綺麗な野良着を着た男の人だ。その顔立ちは異様なほど空に似ていて、髪型を弄れば私でも見分けがつかないと思う。こんなにそっくりな人が江戸時代にいたなんて……。

「十七で独り身は兄様も同じです……! お互いに村の人たちから色々と言われてるじゃないですか」

 この人たちも双子なんだ……。

「そうだなぁ。でもようやく藁細工が江戸でも売れるようになってきたんだ。とてもじゃないがこれが軌道に乗らないと結婚なんて出来ないよ。ましてや今は飢饉で酷い状態だ……少しでも他所の情報が必要だし、金が無いと食料も買えないからな」

「でも小吉さんが疫病も流行ってると言ってました……江戸に向かう途中で兄様に何かがあったら……」

「……それでも行かないと。了辰りょうたつさんが疫病で動けないなら自分で売りに行かないといけないし、その金で少しでも食料を買って村に届けないと全滅だ……。久流様からも頼まれてる」

「でも……兄様に何かがあったら……」

 心配する私に兄様は腰をあげると横へ来た。

「そうならぬように夜朱様が藁将様に祝詞を捧げてくださっている。心配ない、俺は必ず帰って来る。俺が帰って来た時……お前の元気で美しい姿を見せておくれ」

 空から言われているような気がして、くすぐったい気持ちと嬉しい気持ちと罪悪感のようなものが混じった心が渦巻いた。

 私が言われたわけじゃない……こんな気持ちを抱く意味はないんだからさ……。

 そうして視界は景色を変え、気付いた時には眠っていた。真横には兄様が眠っているけど、私は眠れないのか何度も寝返りを繰り返す。すると、

「眠れないか?」

 兄様が目を開けずにそう言った。

「まったく……もうわらしではないだろうに」

「片割れを心配するのは当然じゃないですか……兄様……」

 私もそう思う。

「それに……兄様はいつも人のことばかりです。もう少し自分の人生を大切にしてください……江戸は荒っぽい人ばかりなんですから」

「もう何度も行ってるが……刃傷沙汰に巻き込まれたことなんてないよ。逆に絹は気にし過ぎさ」

 絹さんの兄様も……人のことばかりなんだ……。

「兄様、何となくですが……今夜は……手を……」

 私はそう言うと片手を兄様の方へ差し出した。すると、兄様は何も言わずにその手を握り返してくれた。まるで恋人同士のような色っぽい触り方だけど、幸いにも私はそれ以上を求めることなく静かに目を閉じた。 

「こうしていると……父様と母様が生きていた頃を思い出します」

「そうだな」

「だけど……今は私と兄様しかいません」

「まだ俺がいる……そう思え。そうすれば寂しさも少しは紛れるだろう? 俺はそうしているよ」

「はい。兄様、絶対に……帰って来てくださいませ……私はここでお待ちしております」

「ああ、約束しよう」

 互いに強く手を握り締め合い、私の意識は落ちた。

 そしてまた景色が変わった。

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