飢饉の贄 2
「
今度はTaoさんがスマホを落とした久流邸にいた。蝋燭みたいな僅かの明かりの中に立つ久流さんは、水面の手前で白拍子を着ている若い女性の背中に声をかけた。彼女の手前には
「婆様……ご安心を。藁将様を口寄せした巫女様の生まれ変わりであるこの久流夜朱が……必ずや神懸かりしてみせます」
振り返ることなくそう言った夜朱さんは聞き取れない真言か祝詞みたいなことを早口で唱え始めた。
久流さんはそれを見据えたまま、藁の座布団の上に腰を下ろした。
「お前の母親……
夜俣は……夜朱さんのお母さんで……お父さんは流された稀人……流したってことは殺したんだ……。
久流さんはそのことを堂々と言い放ったけど、夜朱さんは気にしてないんだろうか……。
その後は暗闇の中で夜朱さんの呪文が延々と続き、何も起きないような気配が漂い始めた時――。
「っ……!!」
夜朱さんは急に背中を折り曲げると、勢いよく立ち上がった。
『我は……藁将である!! 我を呼ぶのは誰ぞ!!』
ただの演技か思い込み――そう思いたかったけど、ゆるりと振り返った夜朱さんの顔が演技には見えなかった。久流さんを見下ろす目元には深い皺が刻まれ、小さな口から出た声は男そのもので、ただの映像のはずなのに恐怖を感じるほどだ……。
「藁将様……あなた様をお呼びしたのはあなた様に血筋を守られた者たちの末裔である
『何用か』
「ははぁ……! この藁将村に飢饉と疫病の翳りが迫っておるのです……! 藁将様……どうか我らの血筋を再びお守りくださいませ……」
その懇願に対して夜朱さんは少しだけ口を閉じた。決めかねている、と言うように両目を閉じると、また男の人みたいな息を吐き出した。やがて、
『大和の軍勢を追い払った際……我は藁の躰を献上された。次は何を差し出す』
「差し出す……?! それは……」
『何を差し出す』
夜朱さんの両目が開かれ、その鋭く恐ろしい瞳は久流さんを見据えた。蛇に睨まれた蛙のように久流さんは捉えられ、動けなくなってしまった。
「それでしたら……生きた伴侶を差し出しましょう……!」
『生きた伴侶』
「はい。年頃の
『良かろう。承知した――』
そう言った瞬間、夜朱さんは糸が切れたように頽れた。
そして私の視界もまた揺らいだ。
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