藁将幻想 2
「わざわざこんな廃村を調べて動画を撮りに来るんだから……あの三馬鹿の執念は凄いね」
動画がウケれば有名人に、動画がウケれば一生を遊んで暮らせる、とでも思って動画配信なんてしているんだろうけど、そもそもウケている連中は儲けたくて動画配信を始めたわけじゃないだろう。
金にしか幸せを求められない奴にまともな金なんて巡って来ない。金が纏う気は重たくて苦しく、時には持ち主の業すら背負った金まである始末だ。そんな金を循環させないで欲望に回せばその当人が業の影響を受ける。畢竟、汚い方法とか邪な気持ちで集めた金はすぐに穢れて持ち主に悪い気をプレゼントするってわけだ。
「ああいう連中はさぁ……金は天下の回りものって知らないのかね? 良い気持ちで使った金は自分の運気も上げてさらにお金が入ってくるのに……」
そこまで言って、あたしは後ろにメルがいないことに気付いた。
「ちょっ……メルー?! メルってばー!」
この状況で勝手にいなくなるなんて、死亡フラグという言葉を知らないんだろうか。みんなで行動しているのに、物音が聞こえたからと逸れるような奴は真っ先に死ぬ。それだのにあいつは……。
どうせ拝殿の中が気になって覗いているんだろう。あたしはかぶりをふりながら振り返り、拝殿に向かって戻り始めた――その直後、
うぎゃあああああああああーーーーーーーーー!!!
背後のどこからか叫び声が響いた。殴られたように振り返ったあたしは懐中電灯を振り回し――暗闇に浮かぶ松明を見た。乱暴に猛る炎の中に、半頰の面具を付けた袴姿の男が立っている。その右手にはヌメリとして光沢を放つ打刀が握られ、足下には血だらけの男がうつ伏せのままピクリとも動かない。
その光景が意味していることを理解した瞬間、それが合図だったかのように面具の男はこっちを見た。驚くでも怒りを露にするでもなく、鳥みたいに淡々と首だけを動かしてあたしを見たそいつは、当たり前のように刀を持って歩き出し――振り上げることなく一気に駆け出して来た。
吐き出しそうになった悲鳴を呑み込み、あたしはその狂刃から逃げようと走った。走りには自信があったのに、面具の男は獣じみた息遣いを聞き取れるまでに迫り、切り裂かれた空気がうなじを舐めた瞬間――あたしは突き飛ばされたような横跳びで狂刃を躱した。
悲鳴をあげる空を斬った刃は即座に向きを変えて追撃する。その斬撃に背中を向ける暇はなく、二度、三度と刃を躱したあたしは懐中電灯の光を面具の奥へ叩き付けてやった。その直後、面具の男はバランスを崩し、あたしはその脇を抜けて光を消しながら民家の集団へ飛び込んだ。
我ながら幼稚な隠れ場所を選んだとは思うけど、徒手空拳も護身術も殺人術も授業で習っていない。あぁ……日本国民というのはこういう時に何も出来ない民族だと実感した。そんなことを、倒れていた長持と着物の中へ隠れた誠様は思うわけです……はい。
身体に乗せた着物の隙間から、あたしは面具の男の動向を見張った。案の定、松明と翳りが隠れている民家に近付いて来た。
あぁ……くちおしぃ……。
くちおしや……くちおしぃ……。
面具の男が手前の廃屋に来た。隙間から覗けたその動きはいい加減で、箪笥とか長持とかを調べようともしていない。ただ家の中を覗いているだけだ。
くちおしぃ……。
またかよ……何が口惜しいんだよ、馬鹿が。
どうして……にぇ……などに……。
さっさと出てけ、そう着物の隙間から睨んでいると、面具の男はこっちに来ないままどこかへ消えた。どこかへ行ったフリをして、という可能性もあるけど、このまま蓑虫みたいに隠れているわけにもいかない。
着物を消音材にしながらゴロゴロと長持から出、入り口からそっと周囲を見渡してみた。
あの面具の男は口惜しいと口にしていた。おまけに〝にぇ〟と言っていた。発音はともかく、その言葉に当てはまるのは〝贄〟しかない。断片しかないけど、あの殺人鬼はこの村に関わっているんだろう。でも殺人事件が起きたなんて記述は無かったと思うけど――。
「っ……!?」
民家から出た瞬間、誰かの手があたしの口と身体を掴んだ。
「っ……!! っーーーーー!!」
後ろから来るレイプ魔にはこうしてやる。荒い息遣いに向けて後頭部を思い切りぶつけてやり――。
「っ……てぇな……!! 何しやがんだよ……!」
頭突きに対して返って来たのは、生きた男の怒号だ。一瞬、ソラかと思ったけど、高校生の声でも手でもなかったから手を振りほどき――。
「このガキ……助けてやろうとしたのにずいぶんな感謝じゃねぇか……!!」
振り返った先にいるのは、徳のなさそうな無精髭とシケモクをくわえたおっさんだ。中年になるのは必然だけど、清潔感だけは無くさないでほしい。よりにもよってこのおっさんは徳も清潔感も薄そうだ。おまけに無礼で、人の顔に懐中電灯の光を当てている。
「誰?!」
気安く触ってくれたことを咎めてやると、おっさんは引きつった表情に憤怒を浮かべた。
「でけぇ声を出すな……! あの面具野郎とか村の連中に見つかったら永遠に追いかけ回される……!」
あの面具の男を知っているようだ。服装はボロボロだけど現代感があって別時代の人間には見えないから、同じ現代人だろう。
「だから誰……?!」
「お前と同じで迷い込んだ現代人だ……! いいから俺と来い……! あの野郎……村の連中を虐殺して回ってるみてぇだ……いつまでも――」
そこまで言って、おっさんは口を閉じた。その理由はあたしの背後から足音と松明の明かりが近付いて来たからだ。
「くそっ……おめぇがでかい声を出すからだ……! こっちに来い……!」
怪しいけどレイプ魔ならもう襲っているだろう。あたしは背後から迫る息遣いと足音に斬られて、おっさんの背中を追いかけた。その背中が入り込んだのは、山と村を隔てている藁柵の手前にある廃屋だ。
うわぁああああああーーーーーーー!!
やめてくれぇぇええええーーーーー!!
後ろから聞こえて来る誰かの断末魔に急かされる形で廃屋に入ったあたしは、ガタガタと長持を蹴り退かし、下にある
「地下室がある。ここなら見つからないから先に入れ」
その言葉通り、筵の下には地面を掘っただけの地下室があり、剥き出しにされた土階段を見るに、防空壕みたいなものだろう。
「あんたが襲ってこない保証は?」
「ない。この状況でレイプなんかするか……!」
「…………」
いざという時はサバイバルナイフもある。あたしは手掘りの地下室へ駆け下りた。その間、おっさんは入り口を覆った筵から腕を出して長持を上に乗せた。入り口が長持よりも少しだけ小さいから出来る偽装だ。
「バレたら逃げ場……無しじゃん」
「外でうろうろしてるよりマシなんだよ」
防空壕の中は意外と広く、このおっさんが使っているのか筵と缶詰と枕代わりの上着、汚い刀が置いてある。
「お前……ここに何しに来た」
「そっちから言って。まだ信用したわけじゃないからさ」
あたしは奥ではなく、入り口の土階段に腰掛けた。
「チッ……ナマなガキだな。助けてやる必要なかったか」
そう言いながらおっさんは上着を広げ、内ポケットから名刺を取り出した。そこに書いてあるのは、
株式会社○○譚怪の海 記者 篠原瑞樹
「篠原……篠原……あっ佳奈君空と一緒に行方不明になった……」
「あぁん? 俺と空のことを知ってんのか」
「はぁ……あんたがソラを巻き込んで行方不明になったから……妹が薔薇色の夏休みを犠牲にして行方を調べてるっていうのに……」
「妹……海も来てんのかよ……どこだ?」
「わからないけど……多分、川を跨いでる拝殿みたいな建物だと思う」
「あそこか……あそこにゃ確か……鎧と白無垢の藁人形があったな。あの面具の野郎は近付かないみてぇだから……海は大丈夫だろう」
「ソラはどこにいんの?」
「お前と一緒で……気付いたらいなくなってたんだよ。どこで何してるかわからねぇ。それより……お前らはこの村のことをどこまで知ってんだ」
メルのことを口にしてないのに、このおっさんは海と口にした。名刺なんていくらでも偽装出来るけど、二人が知っている篠原という奴に間違いないみたいだ。警戒は解かないけど、あたしは今日までのことをかいつまんで説明してやった。
「へぇ……素人がそこまで調べ抜いたか。やるじゃねぇか」
「どうも」
「だが……踏み込みが足りねぇな。○○の図書館で捉まえた婆……あの婆はこの村から疎開した連中の末裔だ。お前らも仕入れた民話だ何だじゃ語られていないことを知ってる唯一の存在だ」
「民話の内容を鵜呑みにしちゃいないけど、あの面具の男が口にしてる贄って言葉……あれが何かあるんじゃないの?」
「ほぉ? なかなかの想像力だ。人の死を喰い物にしていた村……よく言ったもんだぜ。教えてやろうか? 末裔が口にした村の真実を……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます