第捌幕 藁将幻想

「右だからね? 私たちが通るのは!」

 生きた人間は右へ、人形は左へ、そういう意味とか呪術みたいなものが施されているならヤバいからね、とマコちゃんは右の鳥居を抜けた。

「ついに来たよ……藁将村に」

 人の死を喰い物にする忌まわしい儀式を行っていた村だ。私が直接見たわけじゃないから全てに確証はないけど、ここが行方不明の根源だ。

「あっちが……三馬鹿が覗いた家か」

 マコちゃんが照らしたのは、格子窓と神棚に藁人形が置かれていた家だ。半壊していた木製の引き戸は既に無く、隣の格子窓はまだあるけど半壊している。立てかけられていた農具はほとんど無く、格子窓から室内を照らすと神棚も半壊していた。

「映像にあった気味の悪い藁人形はある?」

 後ろからマコちゃんにそう訊かれ、残骸が散らばる床を照らしてみた。すると、そこには五体の藁人形が落ちていた。

「五体あるよ?」

「五体? トモの奴……元に戻したのか?」

「うん……持ち帰ったはずだよね? 行方不明だから……ここに帰って来た時に返した……のかな?」

「ありえるかも……常識では考えられない場所だからね。周りを調べてみよう」

 頷いた私はマコちゃんに続いて周囲を調べてみた。すると、チラチラ揺れる光の中に異質なものを捉えた。

「うん? これって……墓?」

 照らされたのはバリケードみたいに隙間なく立ち並ぶお墓だ。正確には地面に立てられた墓石だけが並んでいる状態で、下に遺骨があるようには思えない。どういうものなんだろう。石には名前が刻まれていたはずなんだけど、削られているから読めるのは一つもない。あっても読み上げないけどね……。

「何で墓がこんな風に並べられてるんだろう。空襲を受けたから……それとも生贄か……ここで死んだ連中のものなのか……」

「でも……見た感じ百以上はありそうだよ?」

 立ち並ぶ墓石は山ほどあって、光を動かせば動かした分だけ墓石が見つかる。その向こう側には何があるのかと近付いてみると、墓石バリケードの向こうに池が見えた。

「マコちゃん、この墓石の向こうに池と川があるよ」

「えっ? ほんと?」

 横に並んだマコちゃんと一緒にその池と川を照らした。川は村の奥から続いているようで、池はその終着点のようだ。だけど、照らし上げた川に流れは見えなくて、何だか淀んでいるヘドロ川みたいな感じだ。おまけに臭い……何だろうこの腐ったような臭いは……。

「……死んだ川だな。この墓石はバリケードって扱いでいいのかもね」

「古い墓石の有効利用って感じ……?」

「そうかもね。とりあえず……久流ってのが支配してる社に行こう。ここが下流なら墓石に沿って上がればいい」

 墓石に沿って進んで行くと、藁人形があった家によく似た民家が数件見つかった。その奥には村と山の境なのか藁で編まれた柵みたいなのがあった。その民家を覗いてみると、同じように藁人形を乗せた神棚があった。唯一の違いはその数で、二つだったり四つだったりと安定していなかった。すると、それに関してマコちゃんが、

「これって身代わり人形みたいな感じなんじゃない? ここに住んでいた人の数の分だけあるってことかも」

「なるほど……そういう意味だったのかな」

 それでもこの村の最期は空襲で全滅したらしい。藁将様も戦争にはどうすることも出来なかったみたいだ。

「でも空襲の傷痕は今の所見当たらないね」

「うん……全滅したって聞いたからもっと悲惨なのかと思っていたんだけど……」

 戦争を経験していなくてもアメリカによる空襲がどれだけ酷いものだったかは知識として知っている。武器を持たない人たちを焼き殺すなんてどんな気持ちだろう。

 廃墟ではあるけどまだ人が住んでいそうな気配が残る民家を背中にしてまた歩き出した。すると今度はヘドロ川を跨ぐ大きな建物が光の中に浮かび上がった。

「わっ……これ……拝殿かな?」

 浮かび上がる建物の外見は神社の拝殿のようで、中央の吹き抜けの下には上流から辛うじて流れる川の音が少しだけ響き、左端から伸びる階段の先には妻入形式と呼ばれる出入り口がある。ここも空襲の傷痕は見当たらないけど、外見は残っていてもあちこちが崩落しており、階段を照らしたマコちゃんは入ることを断念した。

「入るなら川を挟んで向かい側からだな。気になるけど今は久流ね」

 次へ行こう、とマコちゃんは私の前に出て歩き出した。それを追いかけようと私はマコちゃんの背中を一瞥してから拝殿を見――倒壊した壁の隙間に人影を見た。しかも……動いた人影の背中に見覚えがあった。

「空……?」

 家を出て行った時の服装と変わらない背中が拝殿にあった。

「マコちゃん……!」

 呼び止めたけど、マコちゃんは振り返りもしないで先に行ってしまった。早足じゃないし、少し覗くだけだから私は何も言わずに拝殿へ駆けた。朽ちる途中の僅かな階段を慎重に上がり、入り口をそっと押し開けた。

「空……?」

 室内を懐中電灯で照らしつつ空を呼んでみたけど、長い一文字廊下に人影は無く返事の欠片も無い。そのまま拝殿内に入り、奥にある木造の両引き戸を開けた。

「ここにも……水面を見下ろす穴か……」

 照らした室内にあるのは中心の四角い穴、それを挟んだ私の向かい側にある同じ木造の両引き戸、それとは別の位置で向かい合う奇妙な祭壇だ。片方の祭壇には神曲で見た古い大鎧(大鎧というのは美穂に聞いた)で固められた藁人形が鎮座し、その向かい側には白無垢で着飾った藁人形が座っている。

 その藁人形の作りは精巧で、四肢の先端は人間の手や足が模され、シルエットだけなら人間だと間違えそうなほどだ。

 藁将様とその伴侶を表しているのだろうか。

 空がいたように見えたのに、あの人影は誰だったんだろう。私はその答えを求めて反対側の両引き戸を掴み――。


 あぁ……口惜しぃ……。


 聞き覚えのある声に私は振り返った。すると、祭壇に座っていた白無垢の藁人形が前のめりに倒れ込んだ。その動きがまるで自分から倒れ込んだように見えたもんだから、私は両引き戸に背中を預けたまま手掛けを探して――。

「ひっ……!!」

 藁のはずなのに、その藁人形はカマドウマみたいに四肢をばたつかせ――床を這うと私に向かって飛びかかり――。


 口惜しぃ……!!

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