救われるモノ 4
その後の映像はノイズがさらに酷くなり、もう映像としてはほとんど機能していなかった。その中で辛うじて判明したやり取りと映像はこうだ。
古い日本家屋から出た後、顔認証を連発させる何かに隔てられた川か池のようなものを見つけ、その後は拝殿のような廃墟を捜索し、鹿島様のような巨大な藁人形をまた見つけ、巨大な湖の中心に浮かぶ久流邸を見つけた三人は小舟に乗ってそこへ乗り込んだ。
水面に顔認証が大量に浮かんだやり取りが終わり、久流邸に入ると大量の人形が転がり、建物の中心には客席付きの水面があった。そこにTaoがスマホを落としたようだった。その後のことはもう確認すら出来ないほど映像が乱れ、最後はカメラの電源が切れた。
「何の村なんだろう……花嫁・花婿人形が有名な村って……」
メルが困惑するのは無理もない。久流家とか花嫁・花婿人形とかをスマホで検索しても似たようなものは出て来るが映像と用語に直接関係ありそうなものは一つも出て来ない。
「空も美穂も……この廃村にいるのかな?」
「どうだろう……本当にこの廃村が事件の元兇かすらわからない。一度……手に入れた情報を整理してみないと」
そう言ったけど、メルは落ち着かない感じだ、気持ちはわかるけど、急がば回れの精神で今は情報を整理して落ち着いた方がいい。
謎の呼び聲に導かれる行方不明事件が起き始めたのは一九四六年。それ以降、今も遺体どころか痕跡すら見つかっていない行方不明者が増え続ける。
二0二二年に呼び聲ではなく、花嫁・花婿写真が届くようになる。その年にTaoとトモとシンが花嫁・花婿人形を所有する廃村を訪れ、藁人形を持ち帰り、スマホを湖に落としてしまう。
二0二四年の現在、シンは自殺し、トモは行方不明のまま、Taoは精神を病んで引きこもりになっている。
「どこでどう行方不明になるのかはわからないけど、ソラに届いていた写真とメルが聞いた呼び聲、代田が教えてくれた情報、Taoの証言と映像から推測すると……行方不明事件にこの廃村が関わってるのは確かだと思う」
「宗教団体の村……?」
「いや、イカレた宗教団体なら信者とか自我の弱い奴をATMにするために確保しようとするはず。行方不明になんてしたら意味がない。それよりも花嫁・花婿姿の人形の写真が鍵だと思う。あの写真……もしかしたら本当に死後の結婚式と関係あるのかも……」
「代田さんが言っていたやつ?」
「そう。でもそういうのは生きた人間と結婚させるなんてありえないし、そもそもあの廃村に人が住んでいて……人形の写真を呪いの手紙みたいに無差別にバラまいてると想定しても……目的がわからないな。生きた人間と人形を結婚させる意味……」
「逆の可能性……ある?」
「逆? 人形が生きた人間と結婚したがってるってこと? そしたらあの連中……直に襲われてるよ。生きて帰って来た後に全員が狂ったんだから」
「そっか……」
「でも……ある意味でそれもありそうか。そう考えると自身の花嫁.花婿写真を送りつける理由になるか……人形が携帯かスマホを使って写真を撮ってる光景なんて想像出来ないけどさ……」
そもそも携帯かスマホなんてどこで手に入れた――。
「Taoがスマホを落としてた……まさか……!」
あたしはメルを見、彼女もあたしを見た。
「人形だらけの社の中にある湖に……スマホを落としてたよ」
「しかもあいつらがスマホを落としたから花嫁・花婿写真が届くようになったんだとしたら……」
あいつらが廃村を訪れたのは二0二二年、花嫁・花婿写真が届くようになったのもその年だ。それまでは呼び聲だったのに、きっかけもなしにスマホへ移行するわけがない。理解不能の力でスマホに移行したとしても今更過ぎるし、あれがきっかけと考えたら色々と納得がいく。常識が通じない相手なんだから、こっちだって都合良く考えていくしかない。
「じゃあ……あの湖に落ちたスマホを回収すれば……」
「うん。あのスマホが依り代になってるなら取り上げてやろう。そうすれば写真はバラまかれないと思う。呼び聲の方は……あの社を放火でもしてやれば解決するかな」
「放火はまずいと思うけど……あの廃村に行けば空も美穂も連れ戻せるのかな……」
「問題は廃村の場所と霊能力者の援助がないってことか……。由乃って人の援助は皆無なんでしょ?」
「うん……私が自力で解決しないと駄目だって……」
「この状況なのに援助なしかよ……ライオンの子育てか」
「マコちゃん……鹿島様って東北のものなんだ」
「それに酷似してるし、これは個人的な意見だけど死に近い文化が多いのは東北だと思うしね。廃村があるのは東北地方で確定していいと思う」
あたしはパソコンを動かし、衛星写真で東北を見下ろした。日本の面積は狭いというが、一人の人間として動き回るには意外と広大だ。特に今みたいに目的地の所在が不明のままじゃ太平洋でメダカを探すようなものだ。
「とりあえず今日は情報収集するべき。ミホのことが心配なのは承知だけど、見つけられなければ意味がないんだから……いいね?」
「……うん」
「良い子。大丈夫……絶対に見つけてあげるから」
いくつもの画面をパソコンに浮かべ、
「ラヴ、今からあたしが入力した文章をSNSとかオカルト掲示板にバラまいて」
『えぇ〜?! 大丈夫なの〜?』
「大丈夫だから。SNSの方は反応を逐一画面に表示しておいて」
『ハ〜イ、それじゃあどうぞ〜』
あたしはキーボードを操り、オカルト、謎、考察好きの連中に餌をバラまいた。それは、
日本にある地図から消えた村って知ってる?
明治政府に目を付けられていた寒村って知ってる?
この二つをバラまいた。後は反応を待つだけだから、あたしも明治政府の件を求めてネットを泳ぐ。その間、メルは珈琲を淹れてくれた。
外の景色はあっという間に昼から夜になり、メルが作る夕食の香りが夜の帳と共にリビングを包んだ。それは情報収集の方も同じで、この数時間で大量の情報がパソコンの画面を包み込んでいる。首尾は上々だ。
「マコちゃん、夕飯はもう出せるけど……どうする?」
「そうだね、もう食べようか。今夜は長いからさ」
見てみなよ、とあたしはパソコンの前から退き、SNSやスマホの正しい使い方をした結果を示した。
『地図から消えた村っていうと過疎化、土砂崩れとかで壊滅した村か?』
『ウチのばあちゃんが住んでた村が雪崩で消えたって』
『昔の文献読めるやついる?』
『大学で学んだから読めるよ』
『少し前にじいちゃんが住んでいた村のことを調べてたんだけど、図書館とかにある地元新聞みたいなので、明治時代に政府の役人が来たって記事を見たことあるよ。隣の村のことだから詳しく読まなかったけど……』
『へぇ? 明治政府に目をつけられるって何だろうな。前時代的なことでもしてたか?』
『あれだろ? 文明開化したのに神様だ仏様だ民間療法だ土着信仰だ何だを信じてるんじゃえんぇよ! ってやつだろ?』
『後は人柱とかの生贄かな?』
『その所為で色々と潰された民間の風習とか山ほどあるぞ』
『結局……明治維新は何だったん?』
『お偉い白人様が他国を侵略しなければ良かったんだよ』
『でもいずれは他の国がやってたよ』
『天皇陛下は他民族を虐殺して領土を得るようなことは赦さんぞ』
『明治政府は西洋に馬鹿にされないために迷信とかを無理矢理潰したらしい』
『やっぱり働き蜂にアメリカさんの民主主義なんて無理だ。天皇陛下に全部任せて導いてもらった方が良い国になるわな。売国する政治家が多過ぎる』
『話が逸れてて草』
『畢竟、撮り潰された地方の風習とか文化を調べるならネットより地元の図書館だろ』
『そういえば俺の地元に失われた風習があるよ。神棚に変な藁人形を置いてさ』
『藁人形を神棚に置くのかよ草』
『確か身代わりになってもらう人形だったかな。じいちゃんが住んでた場所の近くにあった村の風習だったみたいで、他所から逃げて来た連中が住み着いていた……とか何とか』
『平家か?』
『もっと大昔らしい。じいちゃんすら言い伝えで聞いたレベルだからかなり前だと思う』
「マコちゃん……これって……」
「探してる情報が届いたかもね。この某の隣村が……件の廃村かも。とりあえず今は夕食にするよ。焦って飛びつくのもよくないからさ」
ラヴに続きを任せ、あたしはメルが用意してくれた夕食と向き合った。身体を動かさなくても頭と精神を動かせば腹は減る。腹が減ったら戦なんて無理、とはよく言ったものだ。それにメルの手料理は美味い。
夏の飲み物として代表格(?)の麦茶と氷がたっぷり入ったグラスを受け取り、いただきます、と手を合わせた。今夜の献立はあたしが好きなもつ煮込みだ。
「どうかな? もつの煮込みなんて初めてだから……美味しい?」
白飯がとにかく進む香りを纏った食材たちを口に入れるたびに胃がキュッと喜ぶことが全てを物語っている。汁は後で白飯にかけよう。
「良かった……美味しいって言ってもらえると安心するね」
「あたしのお母さんより美味いよ。事情はともかく、メルは料理の才能があるよ。初見でこんなに美味しいんだからさ。コツは?」
「う〜ん……食べてくれる人のことを想って作る……ことかな」
「なるほどね。あたしを想って作ってくれたなら……美味しさも倍か」
一時的とはいえ穏やかな夕食は進み、食後の珈琲が出て余韻の時間が始まった。食器は全てシンクに運ばれ、あたしは美味しい珈琲を片手にパソコンの前へ戻る。
カチャカチャとキーボードを弄り、まだ誰かとやり取りしている件の情報提供者へ呼びかける。
『藁人形を神棚に置いていた家の人に質問です。おじいさんが住んでいたのはどこなんですか?』
少しだけ時間が空き、
『秋田県の○○だったかな』
『その隣村ってどんな村だったんですか?』
『小さい頃に訊いたことあるけど、じいちゃんは嫌がって教えてくれなかった。でも人形にまつわることをしていたのは聞いた。今年で九十二歳のじいちゃんが小さい頃……確か六歳の時に見たらしいんだけど、村の入り口には二股の鳥居があって、花婿姿の男が右を抜けて、左を抜けたのは男たちが神輿みたいなのに担いだ花嫁姿の人形だったらしい』
『その村はまだありますか?』
『あるけど地図には載ってないみたいだし、第二次世界大戦の時に空襲を受けて村人も全滅したらしいから廃墟だと思うよ』
『廃墟が好きなんですよ。情報ありがとう』
廃村の場所は判明した。明日にでも突入出来る場所だったのが幸いだ。
『ちなみに図書館というのはどちらに?』
『秋田県の○○って所にある干涸びた図書館だよ』
『わぁ、ありがとうございます♪ あなた様が読んだ新聞……その村に関することを記した新聞って他にもありましたか?』
『どうだろう。その村のことを調べていたわけじゃないからそこしか見なかった。もしかしたら他にも記事はあったかもね』
嘘の情報をバラまく意味のない提供者に感謝しつつ、あたしは正しい使い方で得た新鮮な情報に満悦を示した。
「どう? SNSとかも捨てたもんじゃないでしょう?」
「そう……だね」
「悪いスマホなんて存在しない。存在するのはスマホを悪く使う奴だよ」
これでメルのスマホ嫌いも少し治るだろう。いくらあたしでも一人で出来ることは限りがある。こういう時こそ人海戦術だ。
「良し、これで情報は集まった。明日にでもその図書館へ行ってみよう。大丈夫でしょう?」
「うん。でも廃村には……?」
「いきなり乗り込むのは無理だよ。あの廃村がどれだけヤバいか、どんな場所なのか、どうして明治政府に目を付けられたのかを知っておかないと危険だからね。戦いは情報が何よりも大事だからさ」
あたしは仕入れた情報をまとめた資料製作のためにラヴと一緒に頭とパソコンをフル回転させた。勝負は全て明日にかかっている。図書館を攻略してそのまま廃村に乗り込むかどうかは図書館の出方次第だ。
その日は夜遅くまでリビングにキーボードの音が響いた。
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