救われるモノ 3
『おい、シン! そのカメラちゃんと撮れてんだろうな?』
『撮れてるよ……バッテリーの予備もちゃんとあるし……』
始まった動画はTaoが運転する車の後部座席で互いを撮り合うトモとシンの姿だ。このSDカードの持ち主はトモのようで、チラチラと視界を動かしては外の風景とか運転するTaoの姿を撮っている。
チラチラと映る車外の光景は明らかに地方で、民家よりも山と畑の方が多い。
『ねぇ、トモォ、道はこっちであってんの?』
『あってるって。俺のカーナビに入れておいたから従えば着くって』
『ふぅん? どこか教えてくれないけど、なんかサプライズでも企んでんの?』
『実況も居場所を知らない状態で始めれば臨場感も出るだろうからな』
そんな車内のやり取りは唐突に終わり、今度は別の場面が出た。
『えっと、教えてもらった道は……見逃しそうな道祖神だったな』
場所は薄暗い森の中のようだ。三人分のライトだけじゃ光量は心許なくて、居場所を特定出来る光景は見つからない。
『ここは実況しなくていいの?』
『撮りはするけど流しはないな。場所を教えるのは嫌だからさ』
『教えるのは嫌なの?』
『当たり前! この廃村は俺の努力の賜物……他の連中に教えるなんて冗談じゃねぇよ』
その廃村の場所を言えよ! そう思ってテーブルを叩いた時、
『あっ……道祖神ってこれかな?』
シンの言葉にトモのカメラは動いた。草臥れた感じの草むらの中をシンは照らしており、近付いたカメラが捉えたのは藁人形みたいなものが彫られた石だ。ただの石に過ぎないんだろうけど、荒いカメラ越しでも不気味な感じがする。
『トモさぁ、道祖神ってこんな感じだっけ……? 男女が彫られてると思ったけど……』
『独特らしい。これが廃村の目印の一つでさ、この後に出て来る目印はもっと凄いぜ?』
ほら行くぞ、と二人を連れて草むらの中を歩く。周囲はシダレヤナギのような気味の悪い木々に覆われ、ライトで揺れる木々の隙間からは誰かが覗いているような感じもする。
ガサガサと足下を揺らしながらトモの映像は進み、前方を照らすライトの中に一つの巨大な人影が見えた。それにはさすがのトモも驚いたようで、「うぉっ……!」と、ごまかすような小さい悲鳴をあげて後退りした。
『あった……〝ワラマサ様〟だ』
その聞き慣れない言葉にあたしはスマホを持った。
『何? ワラマサ様って?』
Taoが良い質問をしてくれた。それくらい答えろや。
『件の廃村の目印にして、その村の守り神らしいぞ。これは近くで撮ってみるか』
バタバタと視界を動かし、トモは件のワラマサ様へ近付いてくれた。ズンズン、とライトが近付き、照らし出されたのは藁で作られた巨大な
その外見は五メートル近い藁人形で、藁で編まれた兜の下には千切れた恐ろしい顔が浮かび、屈強な胴体には陣羽織のような布切れがぶら下がり、腰には変わった形の刀らしきものが藁に巻かれ、地面に設置している股下からは男性器を模した藁が飛び出している。
「これ……東北の〝鹿島様〟に似てるな」
「鹿島様? そんなのがあるの?」
「あるよ……藁で編まれた道祖神的なもの」
あたしはスマホの画像検索でそれを見せつつ、動画に意識を戻す。
『これが守り神なんだぁ〜……』
『大和朝廷に負けて東北に逃げ込んだ連中が兵力に見せかけるために藁で編んだのが最初なんだとさ』
『藁人形で大和の人たちを騙せんの〜?』
『騙せたから未だにあるんだろ? これがあちこちにあるんだよ。村の入り口に繋がるのは……たぶんこのワラマサ様だろうな』
『ふ〜ん? じゃあもうすぐだ。そこに着いたら撮影するの?』
『そこからな。場所は言うんじゃねぇぞ?』
『はいは〜い』
今度はTaoが先頭になり、ガサガサと前進したトモの視界は暗闇に浮かび上がる二つの鳥居を捉えた。
『二つの鳥居……到着だな。Tao、全部アドリブでいいから実況してくれよ』
『マジで? アドリブかよ〜』
文句を言いつつTaoはカメラ前に移動し、
『は〜い、テレビかパソコンかスマホの画面を見つめているっていうか、ワタシを見つめている視聴者の皆さん、こんばんは〜! ワタシはですね〜今夜、ここで、皆さんがプロ級だと讃えてくれた歌声を披露しようと計画してます〜! えっ? ここがどこかわからない? 教えちゃいますよ〜ここは――』
『ちょい、待てって……さっそくかよ……』
『え〜? 本当に言わないの〜? 視聴者がうるさいよ〜?』
『教えたら有象無象の連中が来るだろうが……俺の苦労が水の泡だ』
『でも……生放送してるわけでもないし、後で編集すればいいんじゃない? とにかく先に全部を撮ろうよ。ここ……いつまでもいたくないからさ』
その言葉にトモは振り返ってシンを撮る。
不安げに周囲へ視界を飛ばすシンは、いつの間にか出て来た霧と彼らへ枝を伸ばすかのように捻曲がった暗闇の木々を何度も照らしている。
『あれ〜? シンちゃん、もしかして怖くなっちゃったの〜?』
『ここまで来てビビってんのかよ? 今日まで何回心霊スポットに来たと思ってんだ』
『そうだよ〜? ワタシなんてもう二十以上の心霊スポットで歌ってんだよ〜?』
『わかってるよ……だけどさ、ここってガチでヤバそうな場所じゃんか……怖がるに決まってるだろ? Taoもトモも平気なのかよ……?』
『別に〜? ワタシはこういうの平気なんだよね〜』
『今までの所は開拓され尽くしてるから怖さが半減してんだよ。視聴数と登録者を増やすにはこういう誰にも開拓されていない場所に限るぜ。だから……何度も言うぞ? 迂闊に場所をバラすんじゃねぇよ。どの配信者もここを紹介はしてないんだからさ』
『はいは〜い、わかりましたよー』
『ねぇ、ロケハン無しの強行だから……効率的に撮らないと時間がないよね』
『ああ、教えてくれた地元のばあさん曰く……村の一番奥にある〝
『……その人形で何をするの?』
『その人形を集めてTaoに歌ってもらう、とかを考えてる』
『凄いことするなぁ……』
『それぐらいしないと視聴数は稼げないって。よし、Taoよ、実況する感じでこれから見る廃村の様子を視聴者に伝えてくれ』
『いいけどさ〜道は? どう進めばいいのー?』
『その道は俺もわからない。だけど、それがリアルさを醸し出すし、何か起きるには最高のシチュだと思わねぇ?』
『ふ〜ん? まぁいいけどさ。始めるの?』
『よろしくな』
Taoはトモが構えるカメラの前に立つと懐中電灯を持ってスタンバイし、シンはカメラに映らない場所へ移動した。
『はい、これからTaoは誰も知らないこの廃村へ入りたいと思います。おお……見てくださいよ、村の入り口に門があるとファンタジーみたいな感じですけど、ここには二股の鳥居がありますよぉ?! そうだ、皆さんは知っていますかぁ? 鳥居っていくつか種類があるんですって〜。鳥居の一番上に横たわっているものは
そう言いながらTaoが気にした二股の鳥居は、くの字に並び、彼女はどちらを通るべきなのかわからずカメラへ視線を投げた。
『別にどっちでもいいんじゃね? 何でわざわざ二股にしてるんだろうな』
どっちでもいいなら二股の鳥居なんて作らないだろう。あたしはそう思ったが、Taoとトモは右の鳥居を抜け、シンは左の鳥居を抜けた。
『え〜ワタシたちはたった今、二股の鳥居を抜けました。この先が件の廃村なのでしょうか……ライトで照らしつつ前進したいと思います』
そう言いながらTaoが前進した時、何故か画面がノイズで乱れ始めた。その所為でどこをどう歩いているのか、どんな会話をしているのか判別が困難になった。
『あ……みた……いですね! ……るい……かお……よる……見かける……』
何を実況しているのかわからず、あたしは思わず画面を叩きそうになったが、壊れてしまう可能性にじっと耐える。
『……にくうしゅう……? じゃあ……れで……はい……んになった? それでも……はへいきみ……ですね。入ってみましょう』
ノイズが少しだけ弱まり、Taoが古い日本家屋へ入ろうとしている光景が見えた。三人分のライトが集まり、ノイズの隙間からでもその古びた外見が鮮明に見えた。半壊した木製の引き戸、その隣にある横長の格子窓、立てかけられた生々しい農具、どこにでもありそうな農家だが、あたしは格子窓が気になった。すると、
『……んと照らして……てよ? なか……覗いて……からさ』
Taoは半壊した引き戸ではなく格子窓に近付き、そのまま懐中電灯を隙間に突っ込んで中の様子を照らしてくれた。その明かりにトモとシンも加わり、囲炉裏や昔の農具、小さな人の形をした何かが乗せられた神棚、中身をぶちまけた長持、破れた衝立、奥へ通じる三和土の床が映された。
『ね……かみ……乗ってるの……何かな?』
『んぁ? あれの……とか?』
Taoが指差す神棚がズームされた。
『……人形か?』
『人形? 誰……来て……したのかな?』
「さぁな。よ……調べて……ろ」
それに頷いたTaoは半壊した引き戸を退かし、釜も薪も未だに置かれたままの室内へ足を踏み入れた。その足下では埃に紛れてカマドウマやゲジが大慌てで逃げ出したが、Taoは騒ぐことなく、欄間にある神棚へ懐中電灯を向けた。
『うわっ……藁人形じゃん!』
照らされた神棚には社の手前に藁で作られた人形が五体も置かれていた。藁で作られているためその外見は歪だが、布を被せた顔、編まれた陣羽織のような服、ガガンボのような両足でドスン、と座り込んでいる。
『視聴者は……びそうだな』
『よ……こぶ? い……な趣味だなぁ……』
そう言いつつ、Taoはカメラに向かって藁人形の不気味さについて説明し、この村は何を崇拝していたのか、どうして廃村になったのかを交えて藁人形との出会いを盛り上げていく。ノイズ混じりじゃなければそれなりに耳を傾けられたかもしれない。
『……いなぁ……藁人……だけで終わらせてもいいんじゃないかな』
『おう……だな。これを一つ……帰れば……も起きるかね』
『マジ?! あんたイカレてる〜』
『はい、褒め言葉〜』
トモはそう言うとバッグの中からファスナー付きのビニール袋を取り出し、藁人形の一体をその中に入れた。
「こいつ……マジか……」
「あの藁人形……遺族の人が持ってるのかな?」
「遺族が見つけてるなら速攻で破棄だよ」
トモとかいう奴は正真正銘の馬鹿だ。廃村とはいえ窃盗だし、明らかに他者を呪うタイプの道具だ。それを身につければどうなるか……オカルトに関わるならわかるだろうに。行方不明にならなくてもいずれ炎上事件を起こして人生を終わらせたかもしれないな。
『う……し、次に……ぜ』
辛うじて映像と音声が保ったのはここまでだった。
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