第伍幕 記録

「こんにちは!」

 翌朝、今度は私がマコちゃんの家に飛び込んだ。

 マコちゃんのご両親は仕事でしばらくいないらしく、神曲に数日泊まっていたのもそれが理由だ。

 閑静な高級住宅街に相応しい落ち着いた外見を持つマコちゃん邸には門があって、玄関までにはお母さんが面倒を見ている植物園がある。その横を抜けて大きな両開きの玄関を開けると、マコちゃんが待っていた。

「出会えたのは本当に偶然! ミホがバラまいた神隠し事件に関して話してるプレイヤーがいたから首を突っ込んだんだけど、その中の一人が花嫁・花婿写真について話してたんだ」

 階段を上がりながらマコちゃんは捲し立てる。

「その人は写真を見なかったの?」

「気付いたのが女友達だったんだって。その女にアルバムを見せていたら見つけたらしいよ。こんな写真があるけどって言われたから、見もしないでその女にあげたんだってさ」

「その女友達は今?」

「今も生きてるらしいけど、引きこもってるみたい。連絡先は教えてもらってる。その廃村がどこかわかれば乗り込めるかも」

 ガチャリ、と露にされたマコちゃんの部屋は暗い。だけど、部屋の中心に鎮座するデスクトップとその左右を固める三つずつのモニターが照明代わりになっていて、男子が憧れる秘密基地、あるいは戦闘指揮所C・I・Cみたいな感じだ。

「マコちゃん……目が悪くなるよ」

「私の目の健康状態は後で。アポは取ってあるけど、メルが話す?」

「……顔出し?」

「顔出す覚悟があるならって条件を出してきた」

「うっ……」

 ネットの画面に顔を晒す、ということに拒否感はある。だけど、空の手懸かりになりそうなことを得るためには虎穴に入ることも必要だ。

「わかった……私が話す」

「上等」

 頷いたマコちゃんが画面に表示させたのは、とある動画配信サイトだ。その中をカチャカチャと動き、三人組の動画配信者のチャンネルを表示した。

「『Taoと幽界な仲間たち』……心霊スポット巡りしてる人たち?」

「そうみたい。二年前からもう更新してないけどね」

 最後の動画は自殺者が集まる岬でTaoという女性が熱唱してみた、というものだ。この人たちの人となりはわからないけど、私としては異常の一言だ。

「連絡先を教えてくれた人によると……相当に精神を病んでるみたいだから気を付けてね」

「うん。先に言ってほしかったな」

 マコちゃんがビデオチャットのボタンを押し、画面に回線の接続を告げる表示が出た――と同時に、黒一色の背景を背負った一人の女性が表示された。

「えっ……Tao……さん?」

 モニターに浮かび上がるその外見に、私は思わず横の動画に映るTaoさんを見た。そっちの彼女は黒いマスクを付けた金髪ボブカットなんだけど、今、目の前に表示されている彼女はぼさぼさの黒髪で、手入れされていないのか肌もボロボロだ。アイシャドウでハッキリしていた瞳はもう輝いておらず、外見に気を遣っている様子は微塵もない。

 そんな変わり果てた彼女は私を睨むように見据えてから言った。

『へぇ……顔出しする覚悟はあるんだ……』

 その声音は何だか無気力かつ投げやりな感じがした。自暴自棄になった人が吐き出す溜め息のような感じで、こっちの気力まで奪われてしまいそうに感じる。病んでいる……のは本当だろう。

「顔出しを求めた理由ってあるんですか……?」

『ひやかしかどうか……かな。このやり取りは録画してるから、逃げるなら今のうちだよ』

「……逃げませんよ。顔を晒してでも知りたいことがあるから」

『ふぅん? スマホに勝手に入ってる写真のことだ』

「それもそうだけど、あの写真に写る人形は……一体何なんですか?」

『あれは……役目を失ったまま片翼を待っている半端なモノたち……』

「片翼……役目……?」

『わからないでしょう? ワタシだってわからないんだからぁ……あんたなんかに理解出来ないよ。あの湖に……スマホを落とした日からずっと……繋がってるんだもん。色んな人の感情が押し寄せて来て……色んな人形たちの想いが押し寄せて来て……あぁ……口惜しい……この気持ちが繋がらないなんて……あぁ……口惜しいってぇ……』

「Taoさん待って……湖にスマホを落としたってどこの湖……?!」

『あぁ……どんな無茶をしても回収すれば良かったぁ……こんなことになるならぁ……! 回収しておけばよかったのにぃ!!』

 Taoさんは急に両手で頭を押さえると、そのままガツン、ガツン、と額をキーボードの手前に何度も叩き付けた。頭から悲鳴があがるたびに画面が揺れ、私は思わずこっちのモニターを掴んでしまった。

「Taoさん落ち着いて……! スマホを落とした湖がある場所に人形はあるの……?!」

『〝人形たちの社〟……ワタシとトモとシンちゃんが入り込んだ場所……行かなきゃよかったよぉ……撮らなきゃよかったよぉ……そしたら二人とも……』

 Taoさんは額を何度もぶつける。止めるように叫ぶけど、私の声なんか聞いていないのか止まらない。そこが自室なのか、一人暮らしなのかすらわからないまま画面は揺れ続け――Taoさんはまた急に動きを止めた。

『……二人とも生きてたのかな? そしたら人気動画配信者になれて……ワタシも有名な歌手になれたのかな?』

 腫れ上がる額のことなんて気にしていないのか、瞳を見開いたままTaoさんは私を凝視してきた。微動だにせず、瞬きすらもしないその瞳がまるで人形みたいに見えたから、私はパソコンから少し後退りした。

「Taoさん……そこはどこなんですか? 私がそこに言ってスマホも回収します……! 花嫁人形を見つけた場所はどこなんですか……?!」

『あそこはぁ……トモが見つけて来た場所だからぁ……ワタシは知らない……あんな村だと知っていたら行かなかった――』

 そう言った途端、Taoさんは勢いよく振り返った。視線の先は真っ暗闇で、辛うじて見えた窓らしき輪郭は何重のカーテンとガムテームで覆われ――そこに人の形をした影が浮かび上がった。

『また来た……ワタシは何も知らない! ワタシはあんたの想いなんて引き受けられない! 来ないでよ!!』

 その人影に気付いたTaoさんはパソコンをひっくり返しながら振り返ると、『来ないで!』と、何度も叫びながら部屋の中で暴れ出した。すると、ドアが勢いよく開き、お母さんらしき人が飛び込んで来た。

『何してるの……! 誰もいないんだから暴れるのは止めなさい……!!』

『いる……!! 窓の外でこっちを見てるのぉ!!』

 ヒステリーのように暴れ出したTaoさんはお母さんらしき人ともみ合いになり――その直後、その映像を映していた画面がピシャリと消えた。私たちの画面には回線が遮断されたと表示されている。

「相当病んでるな。さっきまで一応は普通な感じだったのに」

「Taoさんたちが行った廃村にあの花嫁人形があるのかな。それなら……その人形を壊すかどうにかすれば……もう行方不明になる人は出ない……?」

「そうかもしれないけど、あのTaoってのにはもう訊けないな……親に通報でもされたら厄介だから」

「動画配信してるなら……トモって人かシンって人に訊けないかな? 動画を残してませんかって……」

「遺族に……? 相当ハードル高いよ」

 マコちゃん曰く、Taoさんと一緒に動画を配信していたトモとシンという二人は亡くなっているようで、トモは行方不明でシンは自殺らしい。とてもじゃないけど遺族を捜して接触なんて出来る雰囲気じゃない。

「どうしたら……廃村のヒントも得られなかったし……」

「どうにかして動画がほしいな……それが一番のヒントになりそうなのに……」

 うぅん……、と互いに頭を捻っていると、不意に私の携帯電話が鳴った。相手の表示を見ると恵梨香ちゃんだった。何だろう。

「ごめん、ちょっと出るね」

 マコちゃんから少し離れて、私は電話に出た。

「もしもし」

『あっメルちゃん? ごめんね、急に電話しちゃって』

「ううん、気にしないで。どうしたの?」

『実はね、昨日メルちゃんと別れた後に、茅さんに電話してみたの。そしたらメルちゃんが教えてくれた生霊を遠隔除霊って言うのかな? そんな感じのことで祓ってくれたの』

「そうなんだ。茅って人……凄い人なんだね?」

『そしたらね……茅さんがメルちゃんと話したいことがあるって言ったの』

「私と話したいこと?」

『えっとね……危険なことに首を突っ込んでるけど、その覚悟はあるのかって……』

「っ……! 恵梨香ちゃん、茅さんに会える?!」

『電話番号を教えてもいい、とは言われてるけど……』

「教えて! 私……その人と話しがしたい!」

 メモ用紙を頂戴、と手振りでマコちゃんに合図し、私はそこに電話番号を書きなぐった。

「恵梨香ちゃん、ありがとう……」

「感謝するのはこっちこっち。それじゃあまたね」

 恵梨香ちゃんとの電話を終えると、

「メルちゃん、ねぇ?」

 マコちゃんからあからさまなジト目が飛んで来たけど、今は茅さんが大事だ。

「恵梨香ちゃんの従姉に愛染茅って人がいるんだけど、その人は――」

「霊能力者なんでしょ? 皆まで言わなくてもメルの態度でわかるよ」

「この人に相談してみれば色々とわかるかもしれない……! 恵梨香ちゃんに付きまとってる生霊のこと……電話だけでわかったみたいだから……」

 躊躇っている暇なんてない。私はすぐにその電話番号へかけた。僅かな呼び出し音の後、向こうが電話に出た音がした。

『意外にも素早い動きだね。このたびは可愛い従妹に付きまとうキモ男の影を警告していただき、ありがとうございます』

「えっ……」

『キモ男君、今頃は入院じゃないかな。まぁ……それで済めばいいけどね』

「えっと……愛染茅さんですか?」

『その通り。その通りだから電話をかけてんでしょ? それで、あんたさんは何に首を突っ込んでるの?』

 それを受けて、私は今日までの経緯を説明した。

『はぁん……厄介なことに首を突っ込んでるねぇ?』

「その自覚はしてます……」

『でも私と接触したのはある意味で幸運かもね。あんたさんがついさっきまで接触していたTaoって娘は……私のところにも来たから』

「っ……それはいつ頃ですか?」

『二年前。ほとんど知られていない心霊スポット……廃村とか言ってたかな。そこに行ってから変なことが起きるようになったって相談しに来たよ。幽霊に対処する方法も知らないのにそんな場所へ行くなって叱ったら……トモとかいう坊やが怒っちゃってさ、早々に帰ったよ。だけど……その廃村を撮ったっていうSDカードはもらってる』

「中を見ましたか?」

『見てないよ。依頼されてるわけでもないし、人の話に耳を傾けられない坊やを助けるほどお人好しでもないし、ボランティアでもないからね』

「そのSDカード……送ってもらえますか?!」

『いいけど……関わったならあんたの周りにも異変が起きるかもよ? 行方不明になったお兄さんのため……それだけなら耳触りの良い言葉だけど、その綺麗な言葉を木っ端微塵にされる恐怖とか不幸が待ってるかもしれない。それだけ幽霊たちの世界は精神をやられる……廃人になる覚悟があって?』

「…………」

『ないなら今、ここで覚悟しなさいな。送ってあげるから』

「……はい」

『よろしい。住所は……ふぅん? 骨董屋神曲ってことは……あんた柊の関係者?』

「ああ……いえ、知り合いなんです。店主の人と」

『……そう。まぁ援助は無理か』

「援助?」

『店主って柊由乃って人でしょ? 助けてもらおうと思ってるかどうかはわからないけど、あんたが自分から関わると決めた以上は助けてもらえないからね? 自分の力で立ち向かうしかないんだから』

「あの……柊一族のことを知ってるんですか?」

『これでも相談を受けて解決に導く霊能力者だからね。今の日本で柊を知らないのは相当の世間知らずかモグリかな。それじゃあカードは……明日には届くと思うから』

「待ってください……あの、この一件って幽霊とか……常識が通じないオカルトの領域ですよね? 対処法とかって……ありますか?」

『多少視えるだけの素人にも出来ること? そうだなぁ……連中が何を求めてるのか見つけてやれば……少しは話が出来るかもね』

「求めていること……」

『そう。幽霊はペルソナを無くしたシャドウみたいなもの。自己主張の塊だけど話が通じるかも、と思わせることが出来れば少しは大人しくなるよ。それじゃあ、ゲームの続きがあるから切るね』

「あっ……はい。ありがとうございました」

『それにしても……篠原の奴も馬鹿だなぁ……』

「えっ?」

 気になる名前が出たけど、電話はあっさりと切れた。

「まぁ色々あったけど……連中が乗り込んだ廃村の映像は手に入るんでしょ?」

「うん。明日には届くと思うって」

「そうか。それを信じるなら、また泊まりに行くよ」

「わかった。楽しみにしてる」

 とりあえずはSDカードを最優先だ。篠原という名前は……気になるけど電話して不機嫌にでもなられたら危険だから今は我慢しよう。

 そうして家に帰ると、裏の玄関前に美穂が座り込んでいた。

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