花嫁写真 2
スマホが霊媒となって、次から次へと心霊現象が起きる。
幸いにもそんなことはなかったけど、それでもいつも以上に家の周囲とか家の中に黒い影が蠢いていたし、消したはずの電気が点いていたり電子機器が勝手に動いたりとプチ怪現象はあった。そんな怪現象の中でもマコちゃんはいつものように冷静で、ほとんど驚くようなことはなかった。
そうして迎えた翌日のお昼。マコちゃんは荷物をまとめて帰路についた。マコちゃんの家は神曲からしばらく歩いてバスに乗った先にある。そこは閑静な高級住宅街でもあり、マコちゃんはそれなりのお嬢様だ。
「とりあえず……情報収集は続けよう。空の行き先については……篠原って人が鍵なんだろうけど、どうにか知り合いとかを調べられないかな」
「空ならともかく私はほとんど話したことないから……どんな人と交友を持ってるかわからないな……」
「ギャンブル好きなんでしょ? 地元とかがわかればパチンコの店員とかに聞き込みとか出来ると思うけどな……」
「パチンコか……」
生涯で関わりたくない店の一つだ。あんな場所へ聞き込みするのはかなり嫌だけど、空の行方が関わっているならやるしかないのかもしれない。
マコちゃんの家に繋がるバス停の前で止まる。
「とりあえず……もう一度会社に連絡してみる。聞き出せることなら何でも――」
聞き出してみるよ、と言おうとした瞬間、私の携帯電話がメールを告げた。誰なのか確認すると、あまりにも意外な人の名前があった。
「誰?」
「……恵梨香ちゃん」
メールの相手は恵梨香ちゃんだ。去年は同じクラスだったから連絡先は交換したけど、年中おしゃべりするような関係ではなかったから、正直というよりかなり驚いています。
「『二人きりで話したいことがあるんだけど……時間あるかな?』って……」
「二人きり、ね。告白でもあるまいし、変な感じ」
「何だろう……心当たりはないんだけどな……」
「心当たりあるでしょうが……ソラのスマホに登録されてた件だよ」
「あっ……」
「まぁいいか。もしソラとエリカが付き合ってるなら……何か知ってるかもよ」
「もう何ヶ月経ってるのに……?」
「いいから会ってみなよ」
マコちゃんがそう言ったのと同時にバスが来た。
「進展があるような話だったら後でメールしてよ」
「うん、わかった」
じゃね、とマコちゃんは重たい荷物を連れてバスに乗り込んだ。バスに乗り込む人と乗り込まない人、そうなったらマコちゃんはもうクールに自分の世界だ。いつまでも手を振り合う関係でもないから、私も動き出したバスの背中を一瞥して自分の世界へ向かった。
『いつでも大丈夫だよ。何なら今からでも』
そうメールを返すと、
『本当?! 良かった……海ちゃんが居候してる家って確か○○市にある神曲って骨董屋さんだよね? 近くにいるから会えるかな?』
それを承諾し、私は神曲前で待っていると告げて家に戻った。
それから二十分ほどして、神曲前に恵梨香ちゃんが来た。同じ高校生とは思えない美貌は暑くても変化はなく、その涼しげな感じがとにかく羨ましい。
「海ちゃん、ごめんね……急に会いたいなんてメールして」
「ううん、気にしないで。会えて嬉しいから」
ここじゃ暑いから、と私は恵梨香ちゃんをリビングに招いた。ついさっきまでマコちゃんとだらけていた証をソファーの手前へ隠しつつ、
「恵梨香ちゃん、珈琲は平気?」
「淹れてくれるの? ありがとう」
エアコンの恩恵を享受しながら由乃さんブレンドを用意する。その間、恵梨香ちゃんはチェストの上に置いてある私の家族写真を見ていた。
「海ちゃんのご両親って優しそうだね」
「うん。二人とも優しかったよ」
「空君……昔から今みたいな感じだったのかな?」
「空……? うん、いや……どうだろう。もう少し愛想はあったかな」
「そうなんだ……」
空の話題が出たものだから、思わず手が鈍って珈琲を少しだけこぼしてしまった。マコちゃんの邪推というか推理というか、推測が脳裏をよぎる。
「空君……まだ見つからないんだよね?」
「……うん。どこへ行ったんだろうね……心配してくれる人がこうしているのに」
「…………」
「ねぇ、恵梨香ちゃん……あのさ、空とアドレス交換した?」
「うん。一年生の時に……無理言って教えてもらったんだ」
「無理言って?」
「一年生の時……私、他校の人にストーカーされてたの」
ストーカー。その言葉に私は一年生の時を振り返ってみた。同じクラス、誰にでも優しい笑みをくれる恵梨香ちゃんの姿だけが思い浮かび、ストーカーされているような気配は顔にも態度にもなかった。だけど、
「もしかして……眼鏡をかけた金魚みたいな顔の男子……?」
「えっ……?! 何で知ってるの……?! 親と学校にしか話してないのに……」
あっ……しまった……。
「ごめん……部活勧誘祭の時に視えたんだ。恵梨香ちゃんの周りにいる黒い影の中でも一際強くハッキリと……」
これで私は変人確定だ。恵梨香ちゃんがオカルトを信じていないのなら、今に悲鳴が飛んで来るだろう。そう思ったけど、
「海ちゃん……視える人なんだね。私の従姉みたい」
「えっ? 従姉に視える人がいるの?」
「うん。今は九州に住んでるからほとんど会ってないんだけど、私の先祖が拝み屋さんみたいなことをしてたみたいで、今は従姉だけがそれを受け継いでいるって感じかな。だから心霊とか幽霊とかは信じてるよ」
「そうだったんだ……良かった……変人だと思われなくて」
「私は視えないけど、そういう人たちが肩見狭いのはわかってるつもりだよ」
私の瞳をしっかりと見据えながらそう言ってくれた。そのことで緩む頬を酷くさせないように努めながら恵梨香ちゃんをテーブルへ誘い、由乃さんブレンドの珈琲を手渡した。「いただきます」と、マグカップに唇を寄せた恵梨香ちゃんは、
「美味しい」
綺麗な瞳をまん丸にしながらそう言った。
「海ちゃん、本当に美味しいよ? お店で出て来たら大変だよ」
「そう言ってもらえて良かった」
私も横へ座り、由乃さんから厳しく仕込まれた珈琲を飲む。「お店を受け継いでくれてもいいんだからね」と、私の手に職を仕込んでくれた由乃さんには感謝だ。友達を笑顔に出来る術を与えてくれたんだから。
「さっきの続きね。一年生の時の十二月……一人で家に帰っていたら、電柱の陰からそのストーカーが出て来て、『僕と付き合え』って迫って来たの。片腕を掴まれて殴られそうになった時、空君が助けに入ってくれたんだ……」
「そう……だったんだ。空からそんな話……一度も……」
「空君がストーカーを取り押さえてくれて、警察も来てくれた。ストーカーの親も自分の息子がそんなことをしているなんて知らなくて、私の味方をしてくれたから示談で済ませたの。その人たちはもうここにはいないし、ようやく平和になったと思ったのに……まだいるんだ」
「生霊だと思う。向こうの親が恵梨香ちゃんに味方してくれたから良かったけど、向こうはまだ執着してるよ」
「そっか……やっぱり茅さんに相談した方がいいかな」
「その茅さんが霊能力者ならそうした方が絶対に良いよ。ああいうのを野放しにしていたら危険だし、恵梨香ちゃんに何かあったらみんな悲しむもん!」
「海ちゃん……ありがとう」
男女問わずストーカーの心理なんてわかりたくない。あれこそ独りよがりの極みだ。告白してフラれる人の方がよっぽど堂々としてる。
「それで空君が助けてくれたから……お礼したいって言ったんだけど」
「あ……もしかして素っ気なく断った……?」
「うん。あっさり断られちゃった」
「……ごめん」
口ではそう言ったけど、安堵している私もいる。それでようやく自覚出来た。私は……。
「海ちゃんは悪くないよ? もちろん空君もだけど」
「ううん……たぶん、悪いのは私だと思う」
私は空のことが好きなんだ。異性としてなのか、家族としてなのか、人間としてなのか、その全部なのかはわからないけど、私以外の異性と一緒にいる空の姿を考えたくないとハッキリ自覚してしまった。
「私がいるから……空って自分の人生を生きられてないのかな……」
恵梨香ちゃんとの一件も、良い関係になれそうな出会いだったのに、空は断ってしまった。もしそれがずっと続けば空は独身のままだし、私だって空がいれば良いで終わらせてしまうかもしれない。
「ねぇ、恵梨香ちゃんから見ると……私と空って変……かな?」
「変? というより……空君がお父さんとお母さんみたい」
「えっ?」
「空君が何かするのってほとんどが海ちゃんのためって感じがしたんだ。お礼にご飯とかお出かけとかって誘った時……空君は海ちゃんがいるからって断ったの。家の事情で居候していることも、ご両親が亡くなっていることも知っていたからかな……何だかお父さんとお母さんみたいだなって思ったの」
「家じゃお母さんはほとんど私だけどね」
「ハハ、男の子って家のこととなるとてんで駄目だね」
「だから今のうちに躾しておかないと」
私も笑う。
「変な噂を立てるのは……海ちゃんと空君の関係が羨ましいんだと思う。空君は常に海ちゃんのこと、海ちゃんは常に空君のこと……二人の絆の強さを見たら他の人は入れないと思うよ? 私もそう思ったもん」
「絆……か。何だか呪言みたいな絆になってないかな……お父さんとお母さんが死んだあの日から……」
「う〜ん、どうだろう。でも、自分たちの人生を生きるのにお互いを言い訳にしちゃうのはよくないと思う、かな?」
「言い訳……」
「ご両親が亡くなって大変だとは思う。それでもこうして立派な家に居候させてくれる人もいて、生活にある程度の余裕があるなら、そこまでお互いに意識し合わなくてもいいんじゃないかな? それに……高校生活は一度だけしか味わえないよ。自分たちの将来を忘れていいとは思わないけど、今は今を満喫してもいいんじゃないかな――って……ごめんね。偉そうなこと言って……」
「ううん、そんなことないよ。こうして誰かに家のことを話すなんてなかったから」
由乃さんは生活費のことも学費のことも気にしないでいいから、と何度も言ってくれている。そういえば前に生活費のためのアルバイトを口にしたら、「将来のためになるアルバイトならしてもいいよ」と、言っていた。あれって今を満喫しなさいって意味だったのかな。
「空君……無事に見つかってほしいね」
「うん……きっと生きて帰って来てくれる」
空を見つけるために捜査していることも、写真のことも恵梨香ちゃんには言わなかった。今の彼女が注意するのは最低なストーカー野郎の対処だ。それ以外に心配事を増やすことは得策じゃないもの。
「それじゃあ……今日はありがとう。空君のこと……海ちゃんの言葉で聞きたかったんだ。不安だったけど、何だか無事でいてくれている気がして安心出来たよ」
「私の方こそ今日はありがとう。話せたからスッキリした感じがする」
私たちはリビングを後にして外に出た。神曲を正面から見上げた恵梨香ちゃんは、思い出したように言った。
「あっそういえば……海ちゃんって茜崎さんからメルって呼ばれてる?」
「ああ、うん」
「どうしてメルなの?」
そう訊かれたから、私はメルというあだ名の経緯を説明した。すると、
「そういうことだったんだ。素敵なあだ名だね」
「ありがとう。結構気に入ってるんだ」
「私も今日からメルちゃんって呼んでいいかな?」
「えっ……いいの?」
「駄目?」
可愛い上目遣いが逆に申し訳なく感じる。だけど、
「うっ……嬉しい!」
「アハハ、良かったぁ」
こうして恵梨香ちゃんからもメルと呼ばれるようになった。マコちゃん限定だったけど、怒るようなことはないだろう。
「そういえば従姉の霊能力者ってどんな人なの?」
「名前は愛染茅で、普段は九州にあるゲーム会社に勤めてる人なんだ。ネットゲームが好きで今年の年賀状にも『アクア・ランサー』のネタがあった気がする」
「『アクア・ランサー』やってるんだ……同じ畑の人とは思わなかったよ……」
「メルちゃんもやってるんだ。もしかしたら出会ってるかもね」
「どうかなぁ……万のプレイヤーがいるし……」
「家に帰ったらさっそく電話で相談してみるね。メルちゃんのことも話しておくから。それじゃあね♪」
送らなくて大丈夫だから、と恵梨香ちゃんは帰って行った。私はその背中が見えなくなるまで見送ってから家に戻った。
親しい友達が増えたことに内心を弾ませながらリビングに戻ると、テーブルに置いていた携帯電話がメールを告げていた。優しい点滅を止めて画面を見ると、相手はマコちゃんだった。恵梨香ちゃんとのことだろうと思って暢気に画面を見――弾んでいた心が一気に現実へ戻された。
『メル!! 件の花嫁写真のことを知ってる人と接触出来た! その人……花嫁写真にそっくりな人形を廃村で見たことがあるんだって!! これを読んだらすぐに連絡!!』
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