第肆幕 花嫁写真
空のスマホの中に、奇妙な写真があった。
スマホの何かを見た人が行方不明になる、という仮定の中で、私と美穂とマコちゃんはそれぞれ順番に空のスマホを調査した。空には申し訳なかったけど、それしか行方を捜す方法はないから手段を選んではいられなかった。
その中で驚いたのが、電話帳に恵梨香ちゃんのアドレスが登録されていたことだ。話している光景なんて見ていないし、空もそんな話はしていないし、女子たちもそんな話はしていなかったし、噂もなかった。思わずそれを口にしたら、
「エリカとソラなら女子共も文句ないんじゃない? 美男美女だから醜女が入れる余地なんてないだろうしね」
空が誰かと付き合っている光景を想像してみたけど、何だかモヤモヤするなぁ……。
「まぁ心配しなさんな。空が見てるのはメルだけなんだからさ」
「えっ……?」
「男子校ならともかく、電話帳にあるのは男友達ばっかで、女子はメルとエリカだけだよ。エリカが登録されてる理由は想像しか出来ないけど、あんたしか眼中にないから他の女子たちが殺気立つんだよなぁ……」
「ただの……双子なんだけどな……」
「第三者から見ればウミとソラの関係はそう見えないんだよなぁ……仲良すぎるんだよ」
「……それよりも空のスマホにあった写真を……」
私はスマホを手に取り、見つかった奇妙な写真を改めて確認した。
それを見つけたのはマコちゃんだ。空がバシャバシャと撮りまくった写真が詰め込まれているアルバムの中で、日付不明の写真が見つかった。それを宣言してからマコちゃんは確認し――。
見つけたのは〝薄汚い花嫁衣装を身に纏った誰かの写真〟だ。
それは明らかに空が撮ったものとは思えず、かといってチェーンメールの類いにも見えず、その写真の正体を求めて色々と動き回った。その中で進展があったのは美穂の『アクア・ランサー』だけだった。
今日はその進展で得られたオカルトマニアの人と接触することになっている。美穂の知り合いであるナタリーから紹介されたその人は一族のはみ出しものらしく、相当の変人らしい。そんな人と接触することに抵抗はあるけど、マコちゃんが顔を隠したうえで接触を買って出てくれた。
「その写真を見て行方不明になっているなら……何らかの呪いが施されてるとは思うんだけど、あたしたちには何も起きなかったな……」
「そのことも訊いてみよう。どこで撮られているものなのか、とかもわかれば……進展があるかもしれない」
ナタリーと美穂を経由して指定された時間は今日の十三時だ。どんな人が出て来るのかわからないから嫌な緊張が続いている。だから私と空の関係について墓穴を掘ったんだ。
「さて、それじゃあ時間だから某さんのサイトへ入ろうか」
紹介された人の名は
「うわっ……目に悪いサイトだなぁ……」
マコちゃんが愚痴るのも無理はない。私のサイトにようこそ、なんて気持ちが微塵も感じられないそのサイトは赤と黒のクラッシュによる曼荼羅が全体に広がり、文字は全部が白一色だ。目に悪いを通り越して読ませる気がない感じで、公開されている来訪者数が片手で済むのも納得だ。
「それじゃあ……接触するよ?」
マコちゃんは変装のため髪の毛を結び、唇を紅に染め上げ、眼鏡を外し、スーツを身に纏った。その外見はまさしく大人の女性で、私でも町中で会ったらマコちゃんとはわからないだろう。一見さんには有効かも。
サイトに作られている『接触』という文字をクリックし、美穂から教えてもらった接触番号を入力した。すると、その番号を呑み込んだ画面が四角い別の画面を生み出し――。
『やぁやぁ、時間ピッタリだねぇ? 物好きなお嬢さんたちぃ』
モニターに姿を見せたのは、一昔前のマッドサイエンティストを彷彿させる男の人だ。手入れされていない黒髪は焼きそばみたいに乱れ、黒縁まん丸眼鏡の下にある瞳はとにかく大きく、逆三角形の顎には鼠男みたいな笑みが張り付いている。
「えっと……代田横見さんで間違いありませんよね?」
『イカにもタコにもヒラメにも、僕がオカルト先生の代田横見だよぉ?』
「手短に質問させてもらいますね。最近……というか戦後辺りから日本中で起きている奇怪な行方不明事件について知っていますね?」
『ああ、呼び聲に導かれし神隠しのことかぁ。もちろん知っているよぉ』
「呼び聲……ですか」
『そうだよ? 全員分を調べたわけじゃないが、行方不明になった人たちは総じて数日前から幻聴のような囁き声を聞いている。調べられるだけ調べたところ……その囁き声は呼び聲らしいねぇ』
「その囁き声なんですけど……スマホに送られて来るのは知ってますか?」
『もちろん知ってるよぉ。確かだけど……二0二二年頃からスマホに花嫁とか花婿の写真が届くようになったんだ。いつの間にかアルバムに入っているらしいから……驚くよねぇ?』
「その写真と呼び聲の二つは同一犯……というか、同じ類いとして考えてます?」
『僕はそう思ってるよぉ? 最初は別ものかと思ったけど、呼び聲を聞いた人とスマホに送られて来る写真を見た人が同じ発言をしているもんだから……これは同じ場所から送られてるんだなぁ、と確信したものさ。物的証拠なんてないけどねぇ』
「その写真……持ってますか?」
『残念ながら持ってないなぁ。あれは異性にしか反応しないし、写真を見た行方不明者は悉くスマホを持って行っちゃうから残らないんだよ。ほとんどが第三者からの目撃証言ばかりでさ――って……君たち持ってるの?』
私は画面外で空のスマホをマコちゃんに手渡した。
「行方不明になった身内のスマホなんですけど……この中に花嫁衣装を着た誰かの写真がありました――」
マコちゃんがそう告げた瞬間、代田さんはまん丸の目玉をさらに見開いて画面一杯に顔を近付けた。それはまるで殴られたみたいな速度で、パソコンとぶつかったのか画面が揺れた。
『ほんとに!? ほんとにほんとに持ってるの?! 嘘をついて僕の反応を楽しんでるんじゃないよね?!』
「本当ですよ。見たいなら情報提供を約束してもらえますか?」
『する! いくらでもするよ! 写真を見た直後に回線を切るなんてこともしない! 誓うよ!!』
それに対してマコちゃんがこっちを見たから、私は黙って頷いた。
「これなんですけど……」
そう言ってマコちゃんは空のスマホを画面に向けた。すると、代田さんは急に自分の腕を交わらせて顔を隠した。
『ちょっと待った……! その写真の花嫁さん……どこを見てる?!』
「どこって……俯いてるから顔が見えないんですよ」
『俯いてる……?! 駄目だぁーーーーー! 見たいけどやっぱり見れないぃーーーーー!!』
「あの……」
『その花嫁に魅入られたら僕も行方不明になるぅーーーーーーー! 悪いけど花婿の方を見せてくれぇーーーー!!』
「花婿なんてないですよ……! えっ……いや、この花嫁写真ってやっぱり呪いみたいなもんなんですか?!」
もう隠しましたから、とマコちゃんが告げると、代田さんは恐る恐る腕の交わりを解いた。
「危ないところだったぁ……いいかい? その写真は呪いがかかってるんだよ……君たちは同性だから何ともないんだけど、僕は異性だから魅入られちゃうんだ」
「魅入られる……じゃあスマホを見て行方不明になった人たちはこの花嫁か花婿の誰かを見たってことですか?」
『……誰かじゃないよ。その花嫁と花婿は〝人形〟なんだよ。人間じゃないんだ』
「人形……?」
写真を見たマコちゃんに続いて、私も美穂も思わずスマホにかじりついた。薄汚れた花嫁衣装の下から微かに覗く顔と肌を凝視し――首にマネキンみたいな一線があることに気付いた。手術跡でもない人形の象徴だ。
「あの、一から教えてもらっていいですか?」
マコちゃんは改めて最初から順番に話すことを提案した。それを承諾した代田さんは、意外にも一から丁寧に話してくれた。その間、マコちゃんは私たちが仕入れた情報について口をつぐんでいた。
『まずはそうだなぁ……この神隠しと言われる行方不明事件がいつから始まったか、についてかな。
僕が調べた限りでは一九四六年の復員して来た元日本兵の人かな。その前にもあった可能性は拭えないけど……戦前と戦中の記録なんて空襲で焼かれた可能性の方が高いし、僕の調査でも見つかっていないから、とりあえずは生きた記録として残されているこれを最初にしておこうか。
その復員した人が……急に誰かの囁き声が聞こえると言い出し、その後に行方不明になっている。この年から少しずつ同様の行方不明者が出るようになり、いくつかの供述が残されているんだけど、そのどれもが囁き声のことを知人とか家族に相談しているんだ。
この奇妙な行方不明事件は毎年続くんだけど……一年に一人か二人くらいしか行方不明にならなかったから警察もそこまで相手にしなかったし、足取りがほぼ掴めないこともあってお手上げ状態が長いこと続いていた。
それから現代に近付き、携帯電話とか監視カメラとか便利なものが出て来たんだけど、囁き声を聞いた人は人知を超えた力にでも守られているのか……目撃証言が皆無と言っても過言じゃないほど目撃されていないんだなぁ。
そんなある日、この動きに転機みたいなことが起きた。僕の調査では何故か二0二二年からなんだけど……スマホに変な写真が届くようになった。件数も増えたし、出来る限りの調査によると今の行方不明者は囁き声なんか聞いてなくて、スマホを見ていたら急に態度が豹変し、翌日にはもう行方不明になっている……というのが現状だね。
囁き声の始まりも例の花嫁・花婿写真がどこで撮られているのか、発信者は誰なのか……わからないことばかりでね。僕が知っていることはこれくらいだね。こればかりを調べるわけにはいかないし、生きていくための仕事もあるからこれ以上は関わっていないんだよ』
「あの……囁き声と花嫁・花婿写真は何がしたいんだと思いますか?」
『う〜ん……ムズカシイことを訊くねぇ? そればかりは送り主に訊いてみないとなぁ。ただ……こうして人形とかを花嫁・花婿にするような文化は日本中にあるんだよ。独身で亡くなった人のために絵の伴侶を絵馬に描いて死後の結婚をさせるとか、人形を伴侶にしてあげるとか……案外、この行方不明もそういった類いのものが原点だったり理由だったりするのかもしれないねぇ』
代田さんはそこまで言ってから静かに口を閉じた。それは私たちも同じで、荒唐無稽として嗤われかねないことを日常会話のような雰囲気で話し合ったからか、次の会話がなかなか出てこない。代わりに出て来たのは、
あぁ……口惜しい……。
あぁ……口惜しい……どうして……あなた様は見つけてくださりませんのか……。
あぁ……私は……ここであなたをお待ちしております……。
あぁ……口惜しい――。
空が行方不明になる前に聞いた囁き声だ。代田さんの推測を軸にするのなら、あの写真からの呼び聲になるのかもしれないけど、私の古い携帯電話に写真は届いていない。
どうして私はスマホを使っていないのか、それはお父さんとお母さんが一方的に殺された交通事故が原因だ。警察の捜査でもドライブレコーダーでも悪いのは相手側だというのに、ネットのコメントに悪いのは佳奈君家だ、と主張する輩がたくさんいた。俺は他とは違う、そういうしょうもない優越感みたいなのが見え見えだったし、広告だ、既読スルーだ、映えだ、こういうのが全て煩わしくて、私はスマホで幸せになれないことに気付いたから携帯電話に戻した。今のところ、それで困ったことはない。
『それにしても……花嫁写真が俯いたままというのは意外だね。そのスマホの持ち主は何ともなかったのかい?』
「というと?」
『物的証拠は無いんだけど、その写真は動くんだよ。魅入る相手がいたらそっちへ向くはずなんだけど……同性だから反応しなかったみたいだねぇ』
「? 届いたのは男のスマホですけど……」
『男に届いた?! その持ち主は行方不明になってないのかい?!』
「行方不明ですよ。だから足取りを求めて動いているんです」
『いや……それはおかしいな。持ち主がその写真を見たなら、花嫁は顔を露にしているはずなんだけど……俯いているんだろう?』
「ということは……」
『その持ち主は写真を見てないのに行方不明ということになるねぇ』
空は写真を見ていないのに行方不明になっている。どういうことなんだろう。帰って来れない理由があるのか、それとももう死んでいるのか……。
「あの、この花嫁・花婿写真に近い文化がある場所を教えてくれませんか? スマホの持ち主は神隠し事件について調べるために出て行って行方不明になっているんです」
『なるほどねぇ……花嫁・花婿写真とは無関係の行方不明かぁ。あっ……そういえばぁ……二年前にもそんな感じで行方不明になった子たちがいたっけかなぁ……』
「二年前?」
『心霊動画を撮っているとか言ってる三人組で、一人は君みたいにマスクをした女の子で、後は男二人だったかな。三人とも幼なじみだって言ってたよ。確か……紹介されていない心霊スポットを探してるとかで、明治政府に目を付けられていた寒村がどうたらって言ってたかな。まぁこれは……君たちには無関係か』
「そうかもしれませんね。とりあえず……代田さんが知っていることは全てですか?」
『そうだね。僕が教えてあげられることはそれだけかな。もっと知りたいことはあるかな? 例えば自殺者が集まる山とか、地方の高校で起きた
「いえ、その辺はいいんです。ありがとうございました」
まだまだ話したいよぉ、とモニターに近付けられた代田さんの顔が一瞬で消えた。とりあえず、知りたいことはそれなりに収穫があった。もちろん別の謎も出来たんだけど、行方不明になる原因はわかった。
「ソラが行方不明になった原因は別の可能性か……家出でもなし、それとも神隠しを調べに行った篠原って奴が一枚噛んでるとか……」
「えぇ〜……記者が人身売買?」
「借金するような人だからその可能性は拭えないけど……会社側も行方がわからないみたいだし、一緒にいる可能性は高いと思う。遭難……だとしたらもう死んでるかもしれないけど……」
「その篠原って奴がどこへ行こうとしていたのかを知ってる奴はいないの?」
「会社に訊いたけど……取材へ行くこと以外は何も提出されてなかったんだって……」
「ちっ……なぁなぁの会社はこれだからな」
「それでもまぁ……収穫はあったから良いんじゃない? ワタシ……眠いから寝るね」
そう言って美穂は部屋に戻って行った。
「あたしも明日のお昼には帰るね。また準備したら泊まりに来るから」
そうしてこの日の調査は終わった。
空の行方不明と花嫁・花婿写真は直接的な原因ではなかったのかもしれないけど、篠原さんと一緒に関わると口にしていた以上、何かに関わったはずだ。どうにか篠原さんの行方がわかればそこへ行くことも出来るのに、今は打つ手なしだ。
そういえば、代田さんが最後に花嫁・花婿写真について何か言っていた。確か……持っているだけで色々と呼び寄せるから注意するように、と言っていた。それなら使わない間は空の部屋に安置しておくべきだろう。
マコちゃんをリビングに置いて、私は階段を上がる。変に意識した所為か、いつもより暗く見える階段をギシギシと唸らせ、L字廊下を覗き込んだ。美穂の部屋を守る般若の面がこっちを見ているような気がするけど、そんなのは無視して空の部屋に入り、スマホを勉強机の上に置いておいた。
空の匂いも気配もしない室内を見渡し、部屋へ背中を向けたその瞬間――。
『クチオシイ……』
「えっ……?」
スマホがピコン、と音を発し、人工知能が勝手に言葉を発した。バシン、と背中を叩かれた私は振り返り、勉強机の上で光っているスマホを手に取った。だけど、もう人工知能は起動しておらず、しゃべったことが嘘になっていた。
「何が口惜しいの……こっちは――」
苛立ちをスマホへぶつけようとした時、廊下にある小型エレベーターが音を立てて動き出した。ゴウン、ゴウン、と何か重たいものが運ばれているような音が届き、それは三階で止まった。何てことはない。美穂が下から何かを運んで来ただけだ。宅配便の荷物とかゲームとか、何でも面倒くさがるからきっと……。
ギィ……ギッ……ギギィ……ギィ……。
音を気にするような慎重な足音は美穂じゃない。いや、そもそも音の出所がエレベーターからだ。さすがに人を乗せて動くほど頑丈なものじゃない。家の人でも人間でもないものが廊下を歩いている。
私は忍び足で襖まで近付き、そっと隙間から廊下を覗き込み――隙間越しに目が合った。
「うわっ!!!」
思わず叫び、その場から突き飛ばされた私は部屋の真ん中へ盛大に尻餅をついた。このまま廊下の誰かが部屋に入って来ると思ったけど、それに反して部屋に飛び込んで来てくれたのはマコちゃんだった。
「どうした?!」
「今……エレベーターが動いて……廊下を誰かが歩いていたから覗いたら……」
「目が合った?」
私は頷いた。こんなこと生まれて初めて……じゃないけど、誰かがいるからと覗くと向こうもこっちを覗いているという教訓を完全に忘れていた。
「由乃さんがいたから雑多な霊は入れなかったことを忘れてた……」
マコちゃんに起こしてもらいつつ、起きたことを説明した。
「あの代田ってのが口にしてたのは本当だったわけだ」
「意識したから……余計に拾いやすくなったのかも……」
「こういうのが増える可能性はあるの?」
「あると思うから……盛り塩でもしておくよ」
マコちゃんにはあまり気にしないように告げておく。明日には一度帰るんだから、気にしたら逆効果だ。美穂は……別に平気だろう。
私はマコちゃんに退出を促し、もう光っていない空のスマホを一瞥してから部屋を後にした。
あれが霊媒になってヤバいものを呼ばなければいいけど……。
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