見知らぬ聲 2
食い物の誘惑に負けるとは我ながら情けない。自分は駄目人間だ、とは思わないけど、やはりワタシも人間だというわけだ。飲まず食わずなんてしたら死んでしまうから、錦を掲げて飯を食べることが出来る。だけど、その代償はそれなりに面倒で、半額とはいえ外注したピザを食べた代わりに『アクア・ランサー』で一仕事が待っていた。
「じゃあミホは〝例の写真〟について『アクア・ランサー』の中で調べてみてよ」
同居人のウミが連れ込んだマコに押し付けられるまま、ワタシは満腹を享受する間もなくパソコンとお見合いをさせられている。監視下じゃないのが幸いだが、正直に言わせてもらうとソラとはそこまで付き合いが深いわけじゃない。ピザとカメラが好きだということはわかっているが、ウミほどの恩があるわけじゃないから行方不明になっても大慌てというわけじゃない。
同居人というだけで結局は赤の他人に過ぎない。これがワタシの本音だ。誰もワタシのために涙なんて流さないし、ワタシも誰かのために涙なんて流さない。生まれて来たことを憎んでさえいるのに、この世へ執着を残すようなことなんてしたくない。それだのに、
『あの神隠し事件について都市伝説的なことがあるらしいんだけど知らない?』
『アクア・ランサー』の世界に潜り、私は神隠し事件についての情報を求めて言いふらしてみた。反発もあるかもしれないが、こういう調べものに対しての反応に臆していては何も手に入らない。
『あんたのところにオカルトとか都市伝説に詳しい奴いなかった? かなりのマニアでもいいんだけど〜知ってたら連絡してね〜』
顔見知りに声をかけ、酒場的な場所にも顔を出して情報提供を求めた。
『神隠し事件のこと知らな〜い? 都市伝説があるらしいんだけど〜』
そう言いながら『アクア・ランサー』の世界を渡り歩く。そうして最後に辿り着いたのは、ゲーム内における市庁舎がある中央区だ。そこには全プレイヤーへ情報発信が出来る集会場のような施設があり、
神隠し事件の怪しい噂を探しています。
そう入力した内容を『アクア・ランサー』の世界へ解き放った。ネットでも情報提供は強いけど、老若男女の情報提供を求めるならこっちの方が世界は広い。とりあえず数件は出て来るだろう、そう思った矢先、
『お知らせします。情報提供者からメッセージが二件あります』
情報提供が二件も来た。どんな内容なのかと表示してみると、ゲーム内における電話で話したいというものだった。その要請を承認し、互いにアバターのまま電話で接触した。
そうして相対したのは、弟が行方不明になったとか、母親が行方不明になったとか、こっちが求めている情報の提供はなく、とにかく誰かに話したいという気持ちの方が前に出ている二件だった。訊いてもいないのに家族状況とかを何度も聞かされた。お悩み相談がしたくて返信したのかよ……。
その所為ですっかり面倒になり、ワタシはバラまいた情報提供依頼に、改めて条件を明確にした。神隠し事件の怪しい噂や報道されていないような情報を求めます、と変更し、電話連絡はこっちからのみにしておいた。
後は勝手に情報の方からワタシのところへ届く。だからウミたちやリリーナたちとは違う別のパーティと合流し、遊びながら進展を待つことにした。果報は寝てまてと言いますから。
『ひさしぶりじゃ〜ん、ナタリー、ユウキ、スウェ〜ン』
数ヶ月ぶりに再会したパーティは変わりなく、一緒にミッションへ挑んでいた頃が懐かしい。三人を連れて遊技場へ来たワタシは、大好きな麻雀に誘って謳歌した。
『そういえばさ、この前高校でダチが馬鹿なことしてさぁ』
『最近は何してんの? 私はようやく就職が決まったんだけど、上司がワンマンでさぁ……』
『今のワタシは高校に行かずにプログラミングとかデバックで稼いでるよ〜。居候してる家には同じように同居人がいてさ〜』
『ところでホーミーは何であの事件のことを調べてんの?』
その言葉に全員の視線がワタシへ集まった。でも別にやましいことはないから、その視線を受け止めて事情を説明した。
『へぇ……あの事件にオカルト臭か』
『遺体も見つかってないんだっけ? 俺の周りにはいないな……』
『私の知り合いにそういうオカルトに詳しい人がいるよ? たぶん……神隠し事件のことも個人的に調べてると思う』
ナタリーがそう言った。この中で一番オカルトに縁遠そうなのに、そんな知り合いがいるなんて思いもしなかったワタシは、掴んでいた牌を見ずに並べてしまった。
『詳しいっていうのはガチ〜?』
『ガチだよ。私の一族の中でだけど、はみ出しものだって有名だもん』
『はみ出しもの扱いか〜……それじゃあガチっぽいね』
『会いたいなら紹介するよ? ゲームはやらないから、ここじゃなくて現実でだけど』
『現実……か。まぁワタシが顔見せするわけじゃないから平気かな〜』
ナタリーが表示してくれたURLをメモし、また麻雀に意識を向けた。
こうしてゲームに興じている時だけが、自分の存在意義と生きる意味を教えてもらえているような気がしてとにかく幸せだ。こうした日常がずっと続いてくれればいいのにな、と思う。
目の前のモニターで浮かび上がる麻雀の人生を見ながら、ワタシはゲーミングチェアーに背中を預けた。
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