第参幕 見知らぬ聲
佳奈君空という私の半身がいなくなってから、最初の夏が来た。
あの日、約束していた時間になっても空が帰って来ないから、篠原さんのスマホに連絡してみたけど、電波が届かない場所にいるというアナウンスしか返事がなかった。その後に譚怪の海へ連絡し、警察にも通報してもらった。
警察には私からも連絡したんだけど、また原因不明の行方不明者か、と面倒臭そうな感じで対応されてしまい、空の発見は絶望的な雰囲気すらあった。
それでも自分じゃ何も出来ないし、連絡した由乃さんからも今は警察を信じて進展を待つしかない時期だと諭され、不安に押しつぶされそうになりながらもとにかく進展を信じて待った。
そうして一週間後、警察から連絡が来た。篠原さんが運転していた車がとある場所で見つかったというものだった。それがどこなのかは捜査上の何とやらで教えてくれなかった。譚怪の海も篠原さんがどこへ行こうとしていたのか知らされていなかったからとけんもほろろだった。だけど、事故の痕跡も争いに巻き込まれた様子も無いことと、助手席に置かれていたという空のスマホが私の元へ返却された。
お父さんとお母さんが死んだあの時から捨てたスマホが自分の手元にあることに嫌悪はあったけど、今は空の温もりを唯一感じられるものだから肌身離さず持っている。その中に篠原さんとのやり取りはあったけど、行き先を思わせる内容は一つもなく、行方不明に関係するような検索履歴も見つからなかった。最後の検索履歴は温泉旅館についてだったけど、どこかへ一泊する予定だったのかな。
生きているのか死んでいるのかもわからない半身へ不安を抱いたまま月日は流れ、中間テストも期末テストも過ぎ去り、何の進展もないままに夏休みが始まった。由乃さんの態度からして空は生きているんだと確信は持てたけど、警察でもない自分じゃどうすることも出来なかった。
「どうしたらいいんだろう……」
空の行方不明で学校中の女子たちの間は葬式みたいに雰囲気が漂い、私への当たりも強くて登校するのが嫌にもなった。それでもどうにか今日まで来たから、私はその本音と弱音をマコちゃんにぶちまけた。そしたら、
「今度はメルの兄貴が行方不明か……こんな近所で事件に巻き込まれるとは思わなかったわ。夏休みだから丁度良いし、どこまで出来るかわからんけど捜してみるかね」
どこまで出来るかわからないのが現実だけど、終業式が終わった今日から数日の泊まり込みで空の捜索に協力してくれると言ってくれた。だからこうしてマコちゃんを連れて帰路に付いている。
「妹を残してどこに行ったんだかねぇ……すけこましの兄貴はさぁ」
やれやれとかぶりをふったマコちゃんの背中には、背負子で固められた大きな荷物がある。
「行方不明事件のことを調べるとは聞いたけど……どこに行くのかも訊いておけばよかった……」
「そこは今更だし、後悔するだけ時間の無駄だからさ」
「あっ……ごめん」
建物の裏側にある住居用の玄関を目指したけど、そこへ辿り着く道の一つに黒い影が立っていたから、私は何も言わずに道を変えた。視えることをマコちゃんも知っているから、急な方向転換に対して何も言わないでくれるのが嬉しい。
「そういえば……あんたらが居候してるのは〝
「うん。
私が口にした柊蓮華という名前に対し、マコちゃんは口笛を吹いた。
「柊蓮華、か。稀代の占い師様の影響力はこんな辺境にも轟くか」
それはマコちゃんからの珍しい称賛――というよりも畏怖に近いかもしれない。その理由は簡単だ。
私が口にした柊蓮華というのは、日本中で名を轟かす稀代の占い師である。時間すらも可視可する世界に住んでいる、万物を見通す瞳を持つ、とまで称される占いの技術に加え、彼女の前では一切の隠し事が瓦解することから熱狂的な崇拝と共に畏怖されている神様みたいな人だ。そんな彼女には弟子として従事する人がたくさんおり、占いの才能を見出されれば柊という名字を賜り、その技術を伝授される地位に付けるらしい。由乃さんは柊の名前を賜った弟子の一人だ。
そんな柊蓮華の影響力は凄まじく、由乃さんのような弟子の立場であっても空にアルバイト先を紹介することぐらい容易いものだ。未成年の私たちや美穂を保護下に入れることも、住む家を用意することもだ。
「でもそのおかげでマコちゃんにも会えたんだし、私は由乃さんに感謝してるよ」
カーブミラーを一瞥してから道を曲がり、私はマコちゃんを伴って神曲の正面を臨んだ。
骨董屋神曲は三階建ての建物の一階にある。位置的にはリビングの下にあり、道路側に面している大きな出窓から店内を覗くことが出来るようになっている。入り口は曇りガラスが嵌め込まれた両引き戸が聳え、その右横には控えめな書体で骨董屋神曲と書かれた縦長の木造看板がある。
店内に置いてあるのは骨董屋らしく壷とか名称もわからない古いものばかりで、掛け軸は山ほどあるし、模造刀とかの武器や防具、仏像とかまであって、骨董好き以外に物好きな人とかがよく顔を出しているらしいけど、今は由乃さんがいないからずっと閉店中だ。
「中……見たい?」
「うん。どんな曰く付きのものがあるのか気になるよ」
あるんでしょ? と言われて、私は中途半端に頷いた。あるのは立ち入り禁止の地下室だと思う。
「店頭にあるのは普通のものばかりだよ」
「まぁそれは仕方ないね。曰く付きのものなら……あっちから持ち主を求めることもあるだろうからね」
「……そうなの?」
「……視える人にしか反応しないカメラとかあるんだから、そのうちに携帯電話とかスマホも曰く付きのものとして骨董屋に並ぶ日が来るんじゃない? あんたが持つ携帯もある意味で骨董品だしね」
お年寄りでも機械音痴でもない私が持つのは中折れ式の携帯電話だ。今時の若者とは明らかに違うその骨董品は、同世代はおろかスマホを使う全ての世代から怪訝さをもらう。だけど、それでも私はスマホを忌避する理由がある。
「スマホは便利かもしれないけど……使い方によっては人を不幸にするし、私のスマホは私のことを幸せにはしてくれなかった……。今はこの骨董品の方が私を幸せにしてくれるもの。そういう人は……まだいるかな?」
「いるとは思うけど少数っしょ。むしろスマホが無いと不幸になる奴原ばかりじゃない?」
そう言ってマコちゃんはスマホに依存する人間に巻き起こる様々な弊害を披露した。それを聞くといつも思うんだけど……それならどうして世間はスマホが無いと崩壊してしまうような脆い社会を築いてしまったんだろう。昔は携帯電話が無くても崩壊なんかしていなかった。進化しているのか退化しているのかわからないけど、スマホとか携帯電話が築く人の心は退化していると思う。
そんなことを思いながら、私はバッグの中から鍵を取り出して両引き戸を開けた。並ぶ商品棚の隙間を抜けて帳場の横にある居住空間へ繋がるドアへ近付き、店内の照明を点けた。
「ほぉ〜? これまた意外と広いね」
「わかるよ。骨董屋ってゴチャゴチャして狭いイメージがあるよね」
そうじゃない理由は由乃さんが綺麗好きなのと、彼女がまだ二十八歳だからだろう。
「どうする? ここで調査する?」
キョロキョロと視線を揺らすマコちゃんだけど、私がそう言うとすぐにかぶりをふった。
「いや、下手に動いて売り物を壊したらヤバいからさ、メルの部屋……いや、リビングがあるならそこに行こう。お店を広げられるスペースが欲しいじゃん」
ちなみにマコちゃんは美穂のことを知っている。美穂は何度か由乃さんのお使いで櫻山に顔を出したことがあるし、『アクア・ランサー』を通じて接触したこともあるからだ。マコちゃんがリビングにいても美穂が怒りだすようなことはないだろう。
一階のL字廊下に入り、横にあるエレベーターでマコちゃんの荷物を二階へ送る。その後は二階のリビングに入り、その荷物を広げていく。彼女が持って来たのはパソコンとかよくわからない筐体的な何かが瞬く間に並び、リビングの一画がマコちゃんの部屋みたいになった。
「パソコンとかに強い人って尊敬する……」
「これでも素人に毛が生えた程度かな。調べものもそうだけど、『アクア・ランサー』もいつでもやれるよ」
休憩の時とかにやろうよ、とマコちゃんは楽しそうに言った。それには賛成だけど、まずはゆっくりする休憩時間がほしい。そのことを伝え、私はキッチンで美味しい紅茶とかお茶菓子を用意する。マコちゃんは珈琲が好きだから、由乃さんブレンドで用意する。その間、マコちゃんはリビングのテーブルで本を片手に寛いでいた。
「ありがと。珈琲にしてくれたんだ」
家の中でも外さない黒マスクをようやく外したマコちゃんは由乃さんブレンドに口を付けた。すると、眼鏡越しの鋭い瞳が丸くなった。青天の霹靂みたいな感じだけど、気に入ってくれたんだろうか。
「美味しい?」
「美味しい……こんな素直に美味しいと思ったのは久しぶりかも」
「それは良かった。由乃さんが淹れてくれるのはもっと美味しいと思うから、お店が開いてる時にでも遊びに来て」
骨董屋だけど、由乃さんの趣味で珈琲を出すこともある。そのお客さんは相当のコアで、言いふらさない条件も承諾したうえで飲んでいる人はそれなりに多い。
その後はお互いにポツポツと話をしながら時間を進め、マコちゃんが珈琲を飲み終えるのを待ってから本題に入った。
「マコちゃん、最近の行方不明事件っていつから起きているのかわかる?」
「それこそ調べてみたいとね。『アクア・ランサー』とかでもチャットで訊いてみればいい。意外と変なところから重要な情報が入って来る可能性もあるからさ」
そう言ってマコちゃんは持って来たデスクトップと二つのモニターを起動させた。画面が立ち上がると不意に『オッハロ〜マコマコ〜元気にしてる〜?』と、機械音声がスピーカーから響いた。それに驚くと、マコちゃんはニヤリと白い歯を見せた。
「これ、あたしが育ててる人工知能のラヴクラフトっていうんだ。きちんとこっちの言葉をスピーカーで拾ってるからおしゃべり出来るよ」
立ち上がった画面には可愛らしい人魚みたいなキャラクターがフヨフヨと泳いでおり、それぞれのモニターの中を行ったり来たりしている。
『マコマコ〜? 誰かと一緒にいるの〜?』
「あたしの友達がいるの。ほら、ミス・佳奈君メルに挨拶して」
『は〜い、メルさ〜ん、ワタシはマコマコと一緒に生きている人工知能のラヴクラフトといいます〜ヨロヨロ〜』
スピーカーから出て来る声はくぐもっていて、イントネーションしゃべり方も機械独特のものだ。それでも何だか愛嬌みたいな雰囲気がある。
「……プログラミングはマコちゃんがしたの?」
「そうだよ?」
「何かイメージと違う人工知能だね……」
「まぁ人工知能だし、性格はあたしにそっくりじゃなくていいでしょ。さて、ラヴに協力してほしいことがあるんだけど」
『ナニナニ〜?』
「どうする? まずは最近の神隠し事件に関する記事を集めて読んでみる?」
私にはそれに頷いた。新聞は取っているけど廃品回収の時にはいつも出しているからバックナンバーなんて置いていない。
「ラヴ、ネットニュースの中で……ここ十年の中で起きている神隠し事件、見つかっていない行方不明事件の記事を集めてほしい。キーワードは神隠しと行方不明ね」
『ハ〜イ、検索に入りま〜す』
ラヴちゃんがそう告げると、デスクトップの画面が目まぐるしく動いた。たくさんの新聞記事らしきものが次から次へと重なり合い、神隠しというキーワードが摘出されていく。
『検索終了! キーワードに当てはまった記事は十年分で約245もあるよ。特に多いのは今年から一昨年までの2年間』
画面が止まり、ラヴちゃんが見つけた記事のURLが日付順に並べられた。最古の記事は二0一四年の六月だ。
2014年6月15日の記事。
また行方不明者か?! 二十四歳の男性が一昨日から行方不明に!
新潟県新潟市でサラリーマンの斎藤裕也さん(二十四歳)の行方がわからなくなったと同居する家族から通報があった。仕事から帰宅後、二階の自室へ戻って行った後ろ姿を最後に、いつの間にか家から出て行ったらしく、その後の跡取りは警察の捜査にも関わらずわかっていない。
「十年前から起きていたんだ……全然知らなかったよ……」
「明確に騒がれ始めたのは二年前から。ネット民は結構最初から知ってる感じがするけど、こいつらはどこから事件を仕入れたんだかね」
2016年10月22日の記事。
小学六年生の少年が行方不明に! 警察は千人態勢で周辺を捜索! 誘拐か? それとも他殺か!
神奈川県川崎市で小学六年生の田川星くん(12歳)が放課後、友人らと遊びに公園へ行くと言って家を出てから行方がわからなくなった。最後の目撃証言は公園から三百メートル以上離れたアパートのベランダからで、野球道具を持って駆けて行く田川星君を見ていた大学生によると、不審車両や不審人物は見かけていないとのことだ。
2020年7月14日の記事。
自営業の男性が行方不明に! 数日前から周囲に謎の相談か!?
東京都渋品川区で居酒屋を経営する高橋健介(38歳)さんが行方不明になった。高橋さんは独身で、家族とも同居しておらず、行方不明だと通報したのは常連客の一人だ。いつまで経ってもお店が開かないことを不審に思い警察に通報した。駆けつけた警察が店舗と住居を捜索したが見つからず、原因不明の行方不明として扱われた。
だが、常連客の一人が本紙の取材に対して、行方不明になる前に不可解な前兆らしきことがあったと口にした。その常連客によると、高橋さんは行方不明になる三日前から〝誰かの囁き声のようなものが聞こえる〟と、何度も口にしていたらしい。
囁き声……?
思い当たることがあって、私はこの記事を浮かべるモニターへ近付いた。
「マコちゃん……見つかった全ての記事の中で囁き声について記してるものってあるかな?」
「ラヴ、囁き声か或はそれに等しい言葉が乗ってる記事を……神隠しと行方不明を記した全ての記事の中から探して」
そうしてラヴちゃんが神隠しと行方不明を記した全ての記事――約三万の記事の中から取り出していく。その数は片手で終わりそうだと思ったけど、予想に反してラヴちゃんは五百近い記事を取り出してみせた。
『全部で〜689件見つかったよ。摩訶不思議なんだけど〜何故か囁き声に関する記事は2022年以降記事が一つもないんだよね〜』
「一つもない? 七百近い記事があるのに?」
ラヴちゃんが並べてくれたURLの記事を調べていくと、行方不明になった人たちが数日前から何かの囁き声を聞いているという共通事項のようなものがいくつも出て来た。どんな囁き声なのかは残念ながら記事にしている人はいないようだけど、奇しくも私も奇怪な囁き声を空がいなくなる前に聞いている。
「この囁き声……私も聞いてるの」
「マジで? でも……この記事だと行方不明になってる人が聞いてるよ? あんたここにいるじゃん」
「愚痴……だったのかな?」
思い出すのは……口惜しい、と嘆いていた誰かの囁きだ。どうして見つけてくださらないのか、お待ちしています、という時代がかかったような言葉遣いだった。これが行方不明になる人たちへ囁かれる合図なんだろうか。だとしたら、これは霊能力者に縋る案件じゃないだろうか。
「空も聞いていたのかな……でもそんな素振りは一つもなかったしな……」
「ふぅん? まぁ……初日にしては上々じゃん。とりあえず……飛躍しないで一つ一つ情報を集めていこう。まずは……今起きている行方不明事件と酷似している記事を探して原点を探ろうか」
そう言ってマコちゃんはラヴちゃんに原点を求めた。原因不明かつ今も遺体が見つかっておらず、なおかつ囁き声を周囲に漏らしていた事件を検索させた。そうしてラヴちゃんが見つけたのは、一九四六年の新聞だ。
「戦後すぐ? この時代じゃ……拉致とかそういうので行方不明だらけじゃないの? 戦後の混乱に乗じた犯罪者だらけだったんだからさ」
『でもでも〜囁き声が聞こえると周囲に話していたらしいよ〜?』
ラヴちゃんはモニターに浮かべていた新聞記事の一部を発光する線で囲い、ズームにして読めるようにした。
記事によると行方不明になったのは傷痍軍人さんのようで、前日に『呼ばれてる……行かなきゃいけない……行ってあげないと……』と、家族に告げていたらしい。傷痍軍人さんだからストレスとかそういうもので負った妄執だろうと相手にされなかったのが裏目に出たみたいで、それ以降の足取りは掴めなかったらしい。
「ラヴちゃん、これ以前の行方不明事件はあるんだよね?」
『ありますけど〜関連性はなさそうですよ〜? 遺体で見つかったり〜他の国で見つかったりしてますから〜』
「う〜ん……ということは、今日まで続いている行方不明の最初は戦後ってことになるのかなぁ……」
「とりあえずそれで進めようよ。今も起きている行方不明事件と状況が同じなんだからさ」
マコちゃんはキーボードをカチャカチャ言わせながら仕入れた情報をまとめていく。
「呼び声――いや、幽霊とかオカルト的な呼び声なら〝呼び聲〟が正しいか。オカルトが絡むなら警察の捜査じゃ無理そうだな。報告書にお化けからの呼び聲に誘われて行方不明になっています、なんて書けないしね」
「だから教えてくれないのかな……」
「そうだと思うよ。面子もあるしさ。それよりも、次は行方不明者の行方を調べてみようか。いくらオカルト的なことが背後にあるとしても、人をワープさせて黄泉送りなんて出来ないだろうからさ。絶対にどこかで目撃されてるはず……警察は言わないだけだよ」
「行方不明者の総数はわかっているだけでも確定されているだけでも約三百人……これだけ行方不明になってるのに目撃情報が一つもないんだよね?」
「そうなると箝口令か隠蔽してるかしかないじゃん。こういう時はネットの出番か。『アクア・ランサー』で探りを入れてみる?」
どうする? と、マコちゃんが私へ振り返った時、リビングのドアが音を立てて開いた。反射的に振り返った私たちの前に姿を見せたのは、ジャージ姿の美穂だ。
「あれ……ウミ帰ってたんだ。もう一人はマコか。何してんの?」
美穂へ振り返ったマコちゃんは、一瞬だけ眉を顰めたけど、すぐに企みのありそうな笑みを浮かべた。
「丁度良いところに来たじゃん。ミホ、実力はともかく『アクア・ランサー』の中で顔が広いっしょ? 普段からメルの世話になってんだから協力してよ」
「へっ……? あの……状況がわからないんだけど……」
「行方不明になった空を見つけるって話だよ。あんた、『アクア・ランサー』の中で行方不明事件についての情報を集めてよ。オカルト臭がプンプンしてるから、それ系のマニアも絶対いるだろうし、行方不明者の身内だっていると思うからさ」
「警察に任せるしかないんじゃ……」
「オカルト臭がする事件を警察に任せたら一生解決しないっつーの。いいからあんたも調べてよ。報道されていない情報とか、行方不明になる人の共通とか、空を見つけるための力になりそうなことは全部」
「マジか……」
「マジだよ。由乃って人にもメルにもいつまでも甘えてるんじゃないよ。少しは恩返ししな」
「うぅ……わかったよ」
何も知らされないまま押し切られた感じの美穂は、何も持たずにリビングから出て行った。
「何か……強制しちゃったね」
「メルの世話になってるのは事実なんだからいいんだよ。使えるものは何でも使うもんなんだからさ」
そう言ってマコちゃんは最初の情報をまとめたページを作り終えた。
行方不明事件の最初は一九四六年。傷痍軍人さんが誰かからの呼び聲に反応し、翌日に行方不明になった。事件にはオカルト臭が漂い、常識では解決出来ない可能性が大。
その報告の各キーワードには紐付けされた別の情報が表示されていて、何だかスパイ映画の中みたいだ。
「さて、行方不明事件の最初と被害者の想定は出来たね。次の問題はその呼び聲の主が何者なのか、どうして行方不明にしているのか……ということかな」
「それと『アクア・ランサー』の方で知ったことがあるんだけど……別のプレイヤーさんが所属してるパーティでお兄さんが行方不明になったって言う人がいたの。教えてくれたのは弟さんらしいんだけど、お兄さんが行方不明になる直前にスマホを見ていたんだって……」
「スマホ……?」
「理由はそのパーティの人も弟さんもわからないみたい。だけど……気になるよね? 何かを見た直後に急に出て行ったらしいから」
「確かに気になるな……でもその弟って奴にはもう訊けないんでしょう?」
「うん。もう『アクア・ランサー』を退会したらしいから」
「う〜ん……何を見たんだ……急に家から飛び出させるなんて……」
うんうんと唸った後、マコちゃんはモニターに向き直るとラヴちゃんに言った。
「ラヴ、行方不明になる前にスマホを見ていたっていう記述がある記事とか掲示板はある?」
『……検索終了。記事はないけど掲示板とブログに二件あったよ。内容がお探しのものかは知らないけどね〜』
そう言ってラヴちゃんが表示してくれたのは、件の神隠し事件に対してコメントしている掲示板と誰かのブログだ。
「掲示板の内容は……あった。『塾の先輩が行方不明になる前にスマホで何かを見ていた。何を見てるんスか、と訊いたらずいぶんとキョドっていた。エロ画像を見ていた……とか思ったけど、先輩の表情からして見蕩れていたような感じがした。告白でもされたんかな? それでも行方不明になったからもう永遠に確かめられない』……確かに何かを見ていたみたいだね。日付は……二0二三年の六月か」
「もう一つはブログだよね。これって……ビデオチャットとか出来ないのかな?」
「どうかな……あっ出来るよ。直撃してみようか」
「えっ? うそ……マジで?」
私が止める間も心を整える間も与えてくれないまま、マコちゃんはブログの上部にあるビデオチャットの要請ボタンを押した。今日は終業式だけど、それは学生だけの特権だから応答してくれるかわからない。どうなるだろう、と思ったその直後、回線が接続されてモニターに真っ黒の画面が表示された。
「あっ……顔……」
「秘匿で要請したから大丈夫だよ」
『ビデオチャット要請……何か御用ですか?』
慌てた私とは裏腹に、スピーカーから流れて来たのはテレビとかでよく聞く変声された声だ。画面も黒いままで、ブログの主は顔も声も出していない。
「こんにちは。平日のこんな時間にビデオチャットの要請……失礼します。こちらのブログを製作された方で間違いはありませんか?」
『はい……そうですけど……』
「単刀直入に申し上げます。私たち……神隠し事件について調べているんです」
『神隠し事件……僕のブログで書いたやつですね』
「はい。そのことに関してお尋ねしたくこうして接触させていただきました」
『僕が書いたこと……信じてくれるんですか……?』
「信じるからこそ、こうしてお話を聞かせてほしく思っています」
『……わかりました。ブログに書いてあることは本当です』
その本当のことというのは、行方不明になった妹のことだ。
日付は二0二二年の八月。ブログの主によると、二つ下の妹がその年に行方不明になったらしい。二年経った今も遺体はおろか痕跡すら見つかっておらず、家族が壊れてしまったという内容だ。正直、読むだけでも辛い内容で、微塵も注目されていないのが理由を物語っている。
「そのブログの中に……妹さんが行方不明になる前日の奇行について記されていますよね? そのことについて詳しく教えていただくことは可能ですか?」
『あれは……書いてある通りですよ』
「書いてある通り……ですか」
『……はい。いつもと変わらない日常だったのに……どうしてあんな……』
変声越しでも泣き出しそうになっているのがわかった。すると、私がどうこう言う前にマコちゃんは会話の切り上げに入った。
「あっ……ごめんなさい。お辛いですよね……申し訳ありません」
『いえ……いいんです。もう……家族も諦めていますから……。それより、あなたも誰かが行方不明に……?』
マコちゃんが私を見たから、躊躇うことなく頷いた。
「はい……兄が行方不明に……」
『そうなんですね……どこに行ったんでしょうかね……。いくら願っても帰って来ないから……これは全部悪い夢だったんじゃないかと……思いたいですよ……』
「お察しします。今日はありがとうございました……」
それ以上は踏み込める気配じゃない。マコちゃんは会話を切り上げ、丁寧にビデオチャットの回線を切った。
ちなみに、書いてある内容というのはこうだ。
いつもと変わらない日常を送っていたはずなのに、妹は行方不明になる前日に奇行をしていた。いつものように夕食後のリビングで寛いでいた時、「あれぇ?」と妹が声をあげた。何があったのかと母親が訊くと、「何だろう、これ」とスマホを凝視した妹は直後に黙り込んだ。母親がいくら尋ねても妹は何も言わず、ロボットみたいな無機質さを連れて部屋に閉じこもってしまった……というものだ。その翌日に妹さんは家を出て行って行方不明になったらしい。
「脚色はしてないか……」
「『何だろう、これ』って……何を見たのかな?」
「う〜ん……少し前にさ、不幸の手紙って流行ったじゃん?」
「チェーンメールとか?」
「そう。そういうのが来た、と仮定したらどうかな? あんたが聞いた囁き声がホラー映画のビデオみたいに怨念を背負っている……とかさ」
「行方不明にさせる囁き声が次第にスマホへ送られて来るようになった……ってこと?」
「そういうこと。その囁き声を纏ったメールか何かを見た人は行方不明になるって仮定したら……オカルト前提ならありそうじゃない?」
「それなら……空のスマホをもう一度確認してみようか……」
「それがいいね。ミホも呼んで……一人一人順番にチェックしてみよう。三人同時に行方不明になんてなりたくないからさ」
頷いた私はマコちゃんをリビングに残して三階に上がった。階段横の美穂部屋へ顔を出し、その返事を待たず倉庫の手前にある空の和室に入った。
空の部屋は私と同じように無機質で、家具も最低限のものしかないけど、ベッド横には唯一の趣味であるカメラが納められた小棚があり、勉強机の引き出しには文房具以外にも大好きなピザの半額券が付いたチラシとかが詰め込まれている。
そんな兄の部屋に入った私は、普段ならしないはずの深呼吸をしてみた。家族同士の匂いは把握している。お父さんの匂い、お母さんの匂い、空の匂い……だけど、二人の匂いはもうおぼえていない。匂いフェチというわけじゃないけど、小さい頃は親の匂いを感じられるだけでも安心出来た。確かに目の前に、この世に存在しているんだと噛み締めることが安心に繋がった。それだのに、今は空の匂いがしない。ベッドに全身を預けても、勉強机と向き合う椅子に座ってみても、空の存在を確かめることが出来なくなっている。
「半身なのに……どうして一人でどこかへ行くかな……」
見つからない空の痕跡に苛立ち、不安を感じて泣いた日もある。双子は以心伝心というかシンクロニシティみたいな能力がある、なんて話を聞いたことがあるけど、そんなこと一度もなかった。それが本当にあるなら、今こそ空から何らかの合図がほしいのに……。
勉強机に置いていたスマホを取って早々に戻ろう。そう思いながらスマホへ手を伸ばした時、きちんと閉めていなかったのか、引き出しが少しだけ開いていて、中からピザの半額券が顔を出していた。
そういえば休憩はしたけどお昼ご飯はまだ食べていなかった。たまには出前も良いかもしれない。半額券を一枚取り、私はリビングへ戻った。
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