失踪 3
今日は土曜日の朝。
瑞樹さんの仕事に付き添う空を早朝に見送ってから、私はずっと自分の部屋にあるパソコンとお見合いをしている。空がいないから朝食の用意なんて自分のものだけでいいから、その分の時間をネットゲームに捧げることが出来る。
キーボードに接続したゲームのコントローラーをガチャガチャ言わせながら、身に付けたヘッドセットで美穂やマコちゃんとも会話しつつ、他の人たちとチャットもしてゲームを進めていく。
『アクア・ランサー』というゲームはMMORPGで、プレイヤーは自分のアバターを好きに決めてその世界を生きることが出来る。マコちゃんは私とだけパーティを組んでいるし、美穂はたくさんの人と交流がある。
今日は美穂からの誘いで、何度かパーティを組んだことがある人たちと一緒に高難易度のダンジョンへ行こうということになっている。
水がテーマの世界観は綺麗で、こうしてパーティメンバーが集まるのをカフェで待っているだけでも絵になる。私のアバターである女袴姿のアクアは、顔すら知らない他のプレイヤーが操るアバターと美穂が操るアバターのホーミーと三人で丸テーブルを囲みながらお茶をしている。その理由は、
『こんなことって珍しいなぁ〜リリーナが集合に遅刻するなんてさ〜』
ヘッドセット越しに聞こえて来たのは隣の部屋にいる美穂の声だ。彼女とはヘッドセットで話しているけど、件のリリーナ、一緒にいるナーセラとはチャットで会話している。
『リリーナから連絡がないんですよ。ワタシが知っている限り一番誠実な人だから、無断でバックレることもないし、何か連絡があるはずなんですけどね……』
ナーセラのチャット曰く、そうらしい。二人とは片手しか会ったことがないから人となりはわからない。だから適当に相槌を打つしかない。マコちゃんがパーティを煩わしいと一蹴するのはこの辺なのかもしれない。
『まぁ急ぐ旅でもないし〜たまにはこうしてメインクエストを忘れるのもいいんじゃな〜い?』
「そう……だね。こうしてのんびりすることってあまりないもんね」
丸一日ゲームが出来る貴重な時間ではある。だけど、美穂が言うようにメインクエストに制限時間なんてないし、それを放って定期的なイベントとかレースとか麻雀とかに熱中している人もいるくらいだから、たまにはこういう一日があってもいいのかもしれない。
『サンマだけど麻雀でもしようではないか〜』
美穂からの誘いを受けて、私たちは麻雀に興じつつリリーナを待った。そうして約束の時間から三十分ほど過ぎた頃になって、
『おや……? 何だかね、あれは』
牌に集中していた美穂が急に視線を私の後ろへ向けた。それが気になって、私も視界を自分の後ろに回してみた。すると、その先に奇妙な動きをするプレイヤーがいた。同じ場所を何度もうろついては、擦れ違った他のプレイヤーに『あっ……あっ……』と、言葉にならない何かを告げている。その奇怪さに絡まれた他のプレイヤーたちは逃げるように離れて行く。
「何だろう……気味が悪い」
他のプレイヤーに逃げられても気にせず、うろうろと獲物を探すようにふらつくその姿は不気味で、私は現実の美穂に対して言った。
「ああいうプレイヤーはどういう人なんだろう……」
『関わらないほうがいいねぇ……頭の上に表示されてる名前もデフォルトのままだし、動きも変で怪しいなぁ』
マナーの悪いプレイヤーがいることは知っているし、出会したこともあるけど、こういう感じは初めてだ。
「……別の場所へ行こうよ」
『まぁまぁ、関わらなければこっちに来ない――』
『リリーナさんからパーティの加入申請が届きました』
機械音声によるナレーションが私たちの耳に届き、リリーナのアバターカードも目の前に表示された。『やっと来たかぁ〜』と、美穂は表示されるアバターカードをタッチし、私も加入申請を受理した。
『ごめんなさい……三十分以上も遅れてしまって……』
そう文字を表示させながら蒼髪の少女が駆け寄って来た。
『おぉ〜来たねぇ〜何があったんだぁ〜い?』
『えっと……こっちの方で色々と問題がありまして……』
『問題か〜問題じゃあしょうがないよね〜』
何が起きたのか気になりはしたけど、私はそれよりも後ろにいる奇怪なプレイヤーから離れたかった。
『それじゃあ、リリーナが来てくれたし、今日の目的だった高難易度ミッションに挑もうか〜』
そうして私たちは奇怪なプレイヤーから離れて、『アクア・ランサー』の世界に集中した。高難易度なミッションに挑み、リリーナとナーセラとも違和感なく協力し、夕方にはそのミッションも終えて戦利品も得て、レベルも大きく上がった。だけど、リリーナがどこか上の空な感じで、少しだけ反応が悪かった。だから、
『ちょっとナーセラと一緒にアイテム交換してくるね〜』
残された私はそっとリリーナに訊いてみた。
「あの……遅れた理由って何なんですか?」
怒っているわけじゃない、ということを前置きしたうえでそう訊いてみた。すると、リリーナは罰が悪そうに教えてくれた。
『えっと……他のパーティも組んでいるんですけど……その中の一人が現実で行方不明になったらしくて……』
『行方不明?』
『行方不明になった兄の代わりに弟さんがログインしてきて……それで発覚したんです。何でも……スマホの何かを見てから急に家を出て行ったらしくて……』
『スマホの何かを見てから……? 何を見たのかはわからないんですか?』
『……わからないらしいです。良い人だったので……急に知らされてみんなパニックだったんです……』
新聞と世間を賑わせている行方不明事件がすぐ側で起きていた。その現実に私は思わずもっと訊き出したいと思ったけど、美穂とナーセラが戻って来たからそれ以上は訊かなかった。
その後はまた四人でミッションに挑み、夕方はやがて深夜になり、あっさり時刻は翌日を迎えた。その間にリリーナもナーセラも帰り、私も途中で美穂と別れてマコちゃんと合流した。家のことを全て忘れてのゲーム三昧が続き、日曜日もあっという間に終わりを迎えた。
それだけなら、何の変哲もない一日が終わったに過ぎなかった。だけど、今日だけは違った。
日曜日の夕方になって今更……私は空からの連絡が一つもないことに気付いた。心配になってメールを送っても返信はなく、電話をしても空が出ることはなく、約束通りに帰って来ることもなかった。
今度は佳奈君空が行方不明になった。
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