失踪 2

「空君って格好良いよね〜」

「いつもクールで素敵だよね〜」

「彼女とかいるのかなぁ〜」

 自分がそういう言葉をかけられていることは知っているけど、遠巻きに好き勝手騒いでいるのは苛々するし、言いたいことがあるならハッキリ言えよと思う。だから普通に話しかけてくれる同級生とかには感謝してる。

「女子の派閥争いとスクールカーストの対象にされてるの」

 海は俺にそう言った。部活勧誘祭の時に俺が合図したら、どうやらそれが女子たちの狭い世界を刺激してしまったらしい。男なんて山ほどいるし、俺より立派で格好良い男も山ほどいるというのに、どうして高校の女子たちは付きまとうんだろう。

 そんなことを瑞樹さんの運転する車の中で話した。

「へっ……モテる男は羨ましいぜ。女からの歓声なんておっさんになったら皆無だからな? 謳歌しとけ、女遊びもよ」

 不機嫌です、そうハッキリと主張する声音を連れた瑞樹さんは、くわえていたシケモクをさらにグチュグチュと噛んだ。まるで噛みタバコみたいで気持ち悪いが、気にならないんだろう。

「そういうことに熱中するような余裕は今のところはないですね。海と二人で生きていかないといけないので」

「まぁ後悔しなさんな」

 そう言って瑞樹さんはシケモクを灰皿に潰した。楽しそうな喫煙じゃないが、受動喫煙に対する文句を口にしていないんだから我慢してもらおう。

「それより、俺の資料には目を通したのかよ」

 視線だけが助手席の俺に飛んだため、膝に乗せていた件の資料を手に取った。資料とはいってもただのA4の紙束だ。そこにズラリとワードの文字と写真が載せられている。

「通しました。幽霊の存在に関しては海とのやり取りで疑ってはいませんでしたけど、こうして社会人が記した資料で幽霊とかの文字を見ると変な感じですね」

「てめぇがバイトしてんのは頭のイカレたオカルト雑誌だぞ。幽霊やら心霊の文字が出て当然だろうが」

 新しい一本を片手で取り出した瑞樹さんを見、俺はサイドボードに入れられていたライターを掴み、くわえられたその先端に火を点けた。すると、その光景を見ていたのか、横にいた車が前に出、小さな子供が俺と瑞樹さんへ熱心な視線を向けて来た。

「あの子からすると……俺たちはどういう関係に見えているんでしょうね」

「へっ……あんぐらいのガキなんざ何も考えちゃいねぇよ」

 だけど、大人の方はきちんと考えているようだ。視線に気付いた母親がその子の頭を掴んで後部座席に沈めた。その慌てぶりからして、原因は瑞樹さんだろう。

 瑞樹さんの外見は彫の深い顔立ちを埋める無精髭が全てを物語っている。ザンバラを首の後ろで一つにまとめ、着ている服もアイロンとは程遠い皺が付き、運転態度も非常に悪い。そんな男と関わりたくないのが当然だろう。あの母親の判断は正しいが、瑞樹さんはこう見えても出版社に勤務している堅気の人だ。

 譚怪たんかいの海という心霊系雑誌を出版する会社に勤務する記者の一人である。本社は東京のため関わりなんてないのだが、今と将来の自分たちのためにアルバイトしたいと由乃さんへ告げると、瑞樹さんを紹介してくれたのだ。瑞樹さんが取材と調査のためにこっちへ住んでいることが幸いしたわけだ。

 こうして高校入学と同時に瑞樹さんの助手としてアルバイトが始まった。とはいえ、助手なんて肩書きだけで、やっていることはパシリとか雑用ばかりだった。後は原稿のまとめとか本社への連絡とかが多く、ある意味で本社にも俺の名前が知れたから結果オーライだろうか。

 そうして今は譚怪の海でも注目している件の神隠し事件を追いかけている。

「それにしても……この資料が正しいなら警察はお手上げですね」

 助手としてガッツリ関わっていたわけじゃないから、神隠し事件に関して詳しいわけじゃなかった。だけど、こうして行方不明者に関する資料とか瑞樹さんの考察を見ていると、文字通り警察じゃあお手上げという状況になっていることがわかった。

 警察という現実的な組織の中で、報告書に記載出来ないようなことはどう対処するんだろう。ハイエナ以下のマスコミからの追及に対し、のらりくらりの態度もそれが関係しているんだろうか。

「そういうこった。そのテに関しちゃオカルト雑誌の方が動きやすいってもんだ。行方不明者を誰一人見つけられない警察に反して一介の記者が見つけるって算段だ」

「そうですよね。〝スマホのアルバムに入っていた見知らぬ写真を見た人が行方不明になっている〟……そんなことを警察が信じてくれるわけないですからね」

「こんなイカレた雑誌を出す会社なんざで腐りそうだったが、ようやく俺にもツキが来たみたいだ。警察の連中を出し抜いて行方不明の馬鹿共を見つければいくらでも金が入る」

 ヘッヘッヘッ、と瑞樹さんは笑う。この人は口を開けば金かギャンブルの話ばかりだけど、こうしてまとめた資料とかを見ると、案外良い子で育って来たのかもしれない。

「それにしても……スマホのアルバムに何が入っていたんですかね?」

「そこまではわからねぇけど、今回のタレコミでその正体に関する手懸かりが得られた」

「それは……?」

「〝結婚写真〟……だそうだ。誰かもわからない花嫁か花婿の写真がスマホの中にいつの間にか保存されていたらしい。タレコミの相手は匿名で自称は心霊動画配信者。一緒に動画を撮っていたダチがその写真を見てから行方不明になったそうだ」

「そのスマホは警察ですか?」

「押収されたらしいが、それだけじゃ事件性はないから返却されたらしい。遺族にも電話してみたが、そのスマホはもう処分しちまったらしいし、行方不明者がスマホを置いていなくなることが滅多にないから余計にその写真の詳細がわからねぇんだ」

「GPSも機能してないんですよね?」

「世の中はそうラクじゃねぇな。とりあえず、そのタレコミのおかげで一つの仮説が出来たし、こうして行方不明に関わりがありそうな〝廃村〟も見つかったから良しとするか。首尾良くいけば、お前にもイイ思いをさせてやるよ」

「じゃあ特別手当てがほしいです」

「おうおう、それくらいでいいならいくらでもやるよ。金はあって困ることなんてないんだからな」

 まだ調査も何も始めていないにも関わらず、瑞樹さんは上機嫌になりだした。煙草の勢いも今日は強く、シケモクになるまで吸っても止まらないときた。

「安心しな。お前にゃ世話になってるんだ。妹にもイイ思いさせてやるよ」

「どうも。そうですね……二人で温泉にでも行こうかな」

「十七で慰安旅行かよ。爺じゃねぇか」

「いつも家のことをやってもらってばかりなんで……」

「男と女を通り越して夫婦みてぇだな、お前らは」

「仕方ないですよ。親は死んじゃいましたし、海は……交通事故とか幽霊とかそういうものに敏感なんで繊細なんです。守ってあげないと」

 両親が事故で死んだ時、海が流す涙を見て彼女を守ると誓った。死にかけるような危うい雰囲気があったから、余計にその気持ちが強くなったんだと思う。おかげで半身は今も生きている。

「へぇ、そうかい。まぁ確かにお前の妹ちゃんは見ていて危うい感じはしたな。あの下げ眉がよくねぇんじゃないか?」

「それ……本人が気にしてますよ」

 それに対して声をあげて笑った瑞樹さんに、俺も肩をすくめてから笑った。

 そうこうしているうちに車は高速道路を終えて一般道に下りた。住宅は目に見えて少なくなり、入れ替わるのは背が高い木々が続く変化のない光景だ。その翳りは次第に深くなり、昼前にも関わらず車内は照明が必要になるほど暗くなってきた。

 俺はスマホを取り出して自分たちの手元を照らす。

「瑞樹さん、その廃村はどういうものなんですか?」

「おう。花嫁の写真を見た時から思い当たることがあってな。たぶん……行方不明事件とこの廃村は何らかの関係があると思うからよ」

「関係……ですか」

「今は〝地図から消えた村〟だが、昔から怪しい噂がある場所でな。明治政府からも目をつけられていたんだとよ」

 そんな地図から消えた村はカーナビに登録されておらず、文字通り地図にも乗っていない。辿り着くには瑞樹さんの調べた情報を頼りにするしかないそうだ。誰もいない干涸びた駐車場に車は停車、俺はスマホを横に置き、瑞樹さんの荷物を担いで外に出た。

「よし、廃村を探しに山へ入るぞ」

「最初から山奥に入るつもりだったんですね? 言っておいてくださいよ」

 俺は山入りの道具なんて持って来ていない。だからいつも以上に瑞樹さんのリュックが重かったんだ。

 昼前でも薄暗い木々に見下ろされる中、俺は先を行く瑞樹さんの背中に従って山の中へ足を踏み入れた。誰も訪れないであろう深い山の中へ、俺は瑞樹さんと一緒に入り込んで行く。その時になって、俺は自分のスマホを車内に置きっぱなしにしていたことを思い出したが、その頃にはもう戻れなかった。

「あの……瑞樹さん、その廃村への道はわかってるんですよね?」

「〝でかい藁の人形〟が目印なんだとよ。それを見つけるまでは直進だ」

 何の躊躇いも迷いも見せないまま瑞樹さんは突き進む。足下の草すら背が高くなり、まるでこっちに覆い被さろうとしているかのように腰を曲げている木々もとにかく不気味で、ゲームとか漫画に出て来る迷いの森みたいな感じだ。

 ガサッ、ガササッ、と草を払い、バキッ、と足下の枝を砕き、道無き道を開拓していく瑞樹さんの姿は何だかおかしくて、一心不乱のように見えたもんだから、俺は速度を上げてその背中に手を伸ばし――。

「うわっ……!!」

 右足が何かにぶつかり、危うく茂みの中へダイブするところだった。何に躓いたのかを求めて振り返ると、茂みの中に隠れるようにして汚い石が置かれていた。

 屈み込んでみると、それはただの石ではなく道祖神のようなものだった。かなり朽ちているが、表面には案山子かあるいは藁人形のようなものが彫られており、言い知れぬ気味の悪さがそこから漂っている。

 音一つしない中で、その道祖神と見つめ合うことが嫌になった俺は、

「瑞樹さん……この道祖神って目印の一つとかじゃないんですか?」

 少しだけ先を歩いているはずの瑞樹さんにそう呼びかけたが、何故か返事はなく――いつの間にか物音一つ聞こえなくなっていることに気付いた俺は周囲を見渡したが、瑞樹さんの姿も足音も無くなっていた。

 遭難したんだと理解した俺の脳みそは意味のない情報を次から次へと頭の箪笥から引っぱり出していく。その中に意味のあるものや進展を齎すようなものは何一つ無く、かぶりをふった俺は木登り出来そうな大木を探しに動き――。


 お待ちして……おりました……。


 耳元で誰かにそう囁かれた。

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