第弐幕 失踪

 最近の坊やたちは執着と思い込みと逆切れの申し子なんだろうか。そう思う程度には世間のことを見て来たと自負はしている。もちろん、日本中の坊やたちがそんな奴らばかりじゃないことも理解しているけど、如何せん私が関わる事件の所為でそんな気ばかりが前に出ている気がする。

「思い出してみても……ゾッとします。警察も実害がないから動けないし……大学に相談しても進展しないしで……」

 場所は私の家。昔は拝み屋みたいなことをしていた祖母の日本家屋を受け継いで私が住み着いている。その拝み屋としての才能は孫の私に受け継がれていたようで、こうして個人的な依頼を受けて霊障の相談に応じている。

「思い出したくもないけど、全てを話さないといけないんですよね……?」

 今日の依頼者は大学生の女の子だ。差し出した座布団を上品に乗りこなし、粗茶にもきちんとお礼を言える素敵な娘だ。

「そりゃあそうですよ。始まりから教えてくださいね」

 私は身に纏った白拍子と烏帽子を正し、彼女のことを見据えた。

「わかりました……全ての始まりは……半年前です。

 私は東流大学とうりゅうだいがくに通っているんですが、サークルの飲み会の時に一人の男の人から声をかけられたんです。

『君の恋人にふっ相応しいのは……俺しかいないんじゃないかなぁ?』

 そう声をかけて来たのは高校時代の同級生だった山本裕太やまもとゆうたという奴です。在学中は話しなんてしたことなかったんです。いつもクラスの隅にいて……文化祭とかの行事を馬鹿にして満足に協力もしないような奴で……話しても独りよがりの一方通行だったのでクラス中から嫌われていたんです。そいつだとわかっていたら関わらなかったんですけど……もう高校の制服じゃなかったから後ろ姿じゃ気付かなかったんです。

 そいつが講義で使ったプリントを落としたんで、人として拾ってあげたら……自分に気があると思い込んだみたいで……」

 そこまで言うと、女性は重たそうな口を閉じた。溜め息と一緒に吐き出された疲労感を見るに、その後のことは容易に想像出来る。

「そうもなりますよね。気持ち悪い男からの求愛なんて世界の終わりに等しいから」

 とはいえ、その気持ち悪い男がこれから自業自得で苦しむんだと考えると自然と笑みが漏れる。最近はこういう相談が多い。人として親切にしてやったら坊やから一方的にまとわりつかれるというのは耳にタコが出来る。

「すいません……続けます。山本が私に声をかけて来てから……もうずっと恐怖でしかなくて……。講義の日には大学の正門にいつもいるし、講義中も入り込んで来てはずっと私のことを見ているし……どうやって調べたのかスマホに――」

 スマホ。その言葉が合図だったかのように、

『ドウシテ?』

 彼女のスマホが勝手に起動し、搭載されている人工知能による合成音声がしゃべりはじめた。

「いや……!!」

 転がるようにして和室の奥へ逃げ出した彼女の背中を見送りつつ、私は沈黙したスマホを手に取った。

「これが言っていた怪現象ですね? 人の雑念と精密機器って相性が良くてねぇ〜こういうしょうもないことがよく起きるのよね〜」

 私はカラカラと笑ってスマホの画面を落とした。もう少し派手にアピールしてくれるかもと思ったけど、ストーカー君は総じて気が小さい。気が小さいくせにナルシストだし、イキがるんだから余計に悪質だ。

「どうぞ、続けてください」

「ストーカーの念がスマホを動かせるんですか……?!」

「動かせますよ〜? もちろん本人は気付いていませんけどね。これどうします? 潰しますか?」

「……潰すというのは」

「ストーカーがあなたに向けている念を全て送り返すことですよ。オマケ付きでね」

「っ……! お願いします……!」

「かしこまり〜。独りよがりのキモ男君には痛い目にあってもらいましょ――」

『ドウシテ? ドウシテ? ドウシテ? ドウシテ? ドウシテ? ドウシテ? ドウシテ? ドウシテ?』

 ピロン、ピロン、と耳障りな効果音も吐き出しながら同じ言葉を繰り返すスマホ。どうして、と言いたくなるのはこっちだ。

「やれやれ……こういう輩は一番嫌ですね。他者とのコミュが取れないけど自分で努力しようとか思わず、何でも他人の所為にして逃げてばかりの無感謝根性剥き出しのくせに、少し優しくされればつけあがり、拒絶されればキレて暴れる……こういう若い子ばっかりに……世も末だね。あなた、金品も貢がれたんじゃない?」

「はい……親のお金を使って私にブランドものを押し付けてきました」

「出た出たぁ……女の子と付き合ったことのない世間知らずの坊やの悪い特徴だよ。恋愛をお金で買おうとしてるよ。救いようがないね」

 そういう輩は風俗とかでも絶対にトラブルを巻き起こす。最終的に拒絶されて刃物を振り回すんだ。お前みたいな気持ち悪いガキを誰が相手にするかっつーの。

 かぶりをふった私は、未だにしつこく叫んでいるスマホを片手で握り締めた。音のことなんて無視し、私独特のお経のような真言のような言葉を唱えて自らの意識をその上に乗せた。スマホへ繋がる念という電波に乗った私の意識は宙を舞い、その念の根源へ飛ぶ。

 家を飛び出し、空へ浮かび、雲を抜け、家々をすり抜け、穢れた一方的な念を飛ばしているストーカー山本裕太が住む家へ飛び込んだ。

『……あの女め、俺のことが好きなくせに他の馬鹿な男と一緒にいやがって。俺だけがあいつを愛してやって幸せにしてやれるのに……』

 山本裕太とやらはカーテンを閉め切った薄暗く汚い部屋でパソコンと向かい合っていた。しかも画面には私も楽しんでいるネットゲーム『アクア・ランサー』が表示されていて、まぁとにかく苛立たしさが込み上げてきた。

 お前みたいな下衆が関わっていいゲームじゃねぇんだよ……!

 私は意識をパソコンに向け、その電子回路をショートさせて電源を落としてやった。それに対して文句を言ったから依頼者のことが頭から外れた。そのチャンスに私は山本裕太の意識を掴んで天頂部から引っぱり出した。

 俺の優しい気持ちを踏みにじりやがった……後悔させてやる。後悔させてやる……。

 引っぱり出した意識はもう人の形をしておらず、男性器みたいなシルエットがズモモモモ、と聳えて痙攣している。これこそが山本裕太が依頼者に抱いている本性だ。

 俺の愛だけがあいつを幸せにしてやれるのに……俺を馬鹿にしやがって……。

 山本裕太の意識から依頼者の女性に関することを全て消し去るために、独自の唱えに乗せた言葉と怒りの念を一気にぶち込み――。

「消えろ! この不浄物が!!」

 私の身体がそう叫んだ瞬間、山本裕太の意識へぶち込んだ言葉が奴の意識を粉々に吹き飛ばした。その直後、男性器にような意識の下から山本裕太の素の意識が姿を見せた。二十歳とは思えない金魚顔の口がだらしなく開き、完全に耄けている状態だ。

 それを見届けると同時に、テレビの電源を落としたように私の視界が落ちた。それと同時に私の意識も身体へ戻り、目を開けるとそこは依頼者の相対している和室だ。

「はぁ……終わりましたよ。これで山本裕太はあなたに邪な好意を抱く前に戻りました」

「えっ……? どうやったんですか……?」

「キモ男君の気持ち悪い意識を取り出して、その中にあるあなたへの意識だけを粉々に粉砕しました。プリントを拾ってやったこともおぼえていませんよ。これであなたに関わることはないでしょう」

 加えて、迷惑をかけてきた人たちからの怒りの念をぶち込んでやったから、相応しい罰が次から次へと降り掛かる。それが因果応報であり、自分が蒔いた種だ。

「じゃあ……もう私のスマホは……」

「もう奴からの念を受信することはありません。日常生活に戻れますよ」

 そう告げると、女性は心の底から安堵したようで、私が提示していた相談料よりも多い謝礼をくれた。何ともしっかりした大学生だろうか。

 電子機器は念で操りやすいから、心霊スポットとかにスマホを持ち込んだり、置いてきたりしないように。

愛染茅あいぜんかやさん……本当にありがとうございました……」

 そんなことを説明しながら女性の背中を見送り、今日の仕事は終わった。

 また月曜日から始まる会社に供えて、今日はずっと『アクア・ランサー』漬けで英気を養おう。今日はせっかくの有給なんだから。

 そう思ってウキウキのままパソコン部屋へ戻ろうとした時、放り投げていた私のスマホが着信を告げた。誰だよ、とその画面を見ると、面倒くさい奴の名前があった。

 その名は篠原瑞樹しのはらみずきだ。

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