見知らぬ呼び聲 2

「へぇ、そりゃ朝から面倒だったね」

 高校には無事に間に合い、朝が過ぎてお昼の時間が来た。

『全校生徒にお知らせします。本日のお昼休みは皆さんご存知のように、一時間休憩となっています。その理由は毎年恒例かつ伝統行事となっております部活動勧誘祭が行われるからです。一年生の皆さん、部活動の華やかさで有名な我らが櫻山高校さくらやまこうこうへ入学したからには、薔薇色の高校生活にも華を咲かせてみてくださいね! もう二度とこの自由な時間は戻らないのですから!』

 お昼休みと同時にいつも始まるのは櫻山ダイバー、というラジオだ。関わっているのは放送委員会じゃなく、ラジオ放送部という部活動だ。私はそれなりに好きだけど、隣にいる友達の茜崎誠あかねざきまこと――マコちゃんは、喧しいから好きじゃないらしい。

「でもその黒い影はちゃんと言いつけ通りに失せたんでしょう? 逆切れされないで良かったじゃん」

 マコちゃんとは一年生の頃から一緒で、二年A組になった今も同じだ。だからお昼休みには私の席と前の席を向かい合わせてご飯を食べている。ちなみに今日は購買で買った懐かしのカニパンとサンドイッチを半分こだ。

「何で私のところに来るんだろ。お化けが視える人なんて他にもたくさんいると思うけどな……」

「何でって……メルがあいつらだったら変な奴よりも優しそうな人と関わりたいでしょ?」

「そういうことなのかなぁ……」

 ちなみにメルというのはマコちゃんしか使わない私のあだ名だ。何かのアニメ映画で海というキャラクターがそう呼ばれている。海をフランス語にするとラ・メールらしく、そこから海というキャラクターはメルになったらしい。このあだ名は気に入ってる。

「でも優しい人は注意だかんね? 甘やかすのと優しくするのは違う。優しくしていいのは、ありがとうと言える人か、恩を返そうと動ける人だけだからね? 感謝も出来ない奴は誰かに何かをしてもらうのが当然だと思ってる下衆だし、ましてや幽霊なんて人間だった頃のペルソナが無いから自己主張ばっかりだしさ」

 マコちゃんはそう言うけど、幽霊が視える人というわけじゃない。だけど、幽霊に関してはずいぶんと詳しい時がある。幽霊がペルソナとは無縁というのも、マコちゃんに言われて初めて気が付いた。確かに今まで視てきた幽霊たちに奥ゆかしい感じはどこにもなく、とにもかくも自己主張ばかりだった。

「まぁ生者死者問わず、自己主張しかしない奴なんて誰からも相手にされないよ。それで拒絶されると刺しに来るんだからさ……そういう輩は死んだ方がマシだわね」

 黒タイツを纏う綺麗な脚を隣の椅子に乗せたまま、マコちゃんは鋭い視線をさらに光らせる眼鏡の位置を直した。その下にはトレードマークと言っても過言じゃないほど年中付けている黒いマスクがある。

「そういえば……マコちゃんは部活に入らないの?」

「えぇ? あたしはそういうの嫌だから入らない」

「eスポーツ部もネットゲーム部もあるのに?」

「わかってないねぇ……あたしはゲーム好きだけど、誰かに合わせて自分の歩みを抑制させたくないの。メルと一緒にやってるのは相手がメルだからだよ」

 マコちゃんの趣味も私と同じネットゲームだ。ネットゲーム内でもマコちゃんは一匹狼だけど、私も同じゲームを楽しんでいると知ってパーティを組んでくれている。その実力は折り紙付きで、現実と同様に黒いマスクとロングヘアの美人な外見も相まって結構な有名人だ。

「食後の運動としてブラブラしてみない? 勧誘祭」

「まぁいいか」

 そう言ってマコちゃんはカニパンの欠片を口に放り込んだ。ガシャリ、と黒いマスクをすることで茜崎誠という生き物は完全になり、スタリ、と立ち上がる。私もそれに続いて席を立ち、勧誘祭で賑やかな廊下に出た。

 櫻山高校はこの辺の高校生はともかく他県からも部活動の華やかさを求めた生徒たちがやって来る。そのため、生徒の数も校舎の規模も敷地も膨大だ。鳥瞰するとコの字になる五階建て校舎の中心には格子ガラスの屋根に守られた中庭があり、芸術は爆発部によるアート作品の間にテーブルやベンチが並び、勧誘祭の今は中心に丸い大きな舞台が設置されている。

「ねぇねぇ、吹奏楽部の後は歌劇部櫻組かげきぶさくらぐみの出し物だって〜」

「じゃあ……恵梨香えりかちゃんの歌を聴けるんだ〜」

「嬉しいね〜櫻山のアイドルだもんね〜」

 日曜大工部によって作られ設置された舞台の上で吹奏楽部がステップなどを交えながら演奏する中で、気の早い生徒たちはもう次の出し物を意識している。もちろん、動きの一つ一つが微塵も乱れない吹奏楽部も凄いんだけど、男女問わない人気さに関しては件の歌劇部の方が上だ。

 そんな人気にメロメロになっている女子生徒たちの間を歩いていると、

「しょうもな……アイドルなんざに現を抜かすのは男も女も一緒か」

 手厳しい感想が示す通り、マコちゃんはつまらなさそうだ。そんな彼女のご機嫌に適うのは、屋上に作られたビオトープ部の楽園か、それとも演劇部が踊る体育館だろうか。その進路を長考した結果、選ばれたのは渡り廊下からも経由出来る体育館だ。

「ちなみに男は女からしか生命エネルギーをもらえないって知ってる?」

「生命エネルギー? ああ、生きる気力のこと?」

「そうそう。女は男から生命エネルギーをもらう必要がないんだよね。温泉とか買い物とか、女はとにかく自分が楽しいと思うことから生命エネルギーをもらえるから、ああしてアイドルにキャーキャー騒ぐのも無理ないか」

「へぇ……じゃあ男の人からモテる女の人は生命エネルギーが高いんだ」

「自分の好きなことに情熱を捧げていれば、男の方から寄って来るらしいね」

 へぇ、とは言ったけど、私は別にモテたいとも思ってないし、恋人も……別にいらないかな。

 手摺から中庭を見下ろす生徒たちの間を抜けて階段を下り、体育館へ通じる渡り廊下へ近付いた時、

「来たよー! 櫻組ー!」

 その声が聞こえて、私は手摺から中庭を覗き込んだ。

 いつの間にか舞台には吹奏楽部が消えて件の歌劇部がいた。部員は多いけど、そこにいるのは櫻組に属する五人の精鋭たちだ。中庭に遍く響き渡るような声量で口上を述べると、舞台の足下に移動していた吹奏楽部の演奏と共に五人は歌い始めた。どの女の子も上手いんだけど、その中でも一際なのがセンターにいる女の子だ。

「恵梨香ちゃん……本当に高校生なのかなぁ」

「まぁ……メルとは違うかもね」

 容赦のない毒舌を無視し、私は恵梨香ちゃんを見た。

 村崎恵梨香むらさきえりか。彼女はマコちゃんとはまた別の美人さんで、長い濡鴉に溶け込む微かな茶髪がオシャレだ。その下にある顔立ちも体躯もモデルさんみたいにスラリとしているから、女子からの羨望はもちろんのこと男子からも熱い視線が嫌でも集まる。その証拠に……。

「恵梨香ちゃんの周り……黒い影が多いなぁ……」

「そりゃあそうでしょ。グラビアも学芸会アイドルも性欲の捌け口みたいなもんだし、女からは羨望が飛んで来るんだから、目を集める人の宿命だよ」

 その所為なのか、恵梨香ちゃんの周りにはじろじろと彼女を舐め回すような視線を向ける黒い影と乱暴な視線を投げる黒い影がうろうろしている。一際強くハッキリと視えるのが、眼鏡をかけた気持ち悪い金魚顔の男子だ。もちろん、みんなには視えていない。

「人気者は苦労するよ。自分の関係ないところで好き勝手に言われて、好き勝手な念が飛んで来るんだから、さ」

 マコちゃんはそう言うと手摺から離れた。私もそれに続いて渡り廊下へ向かった。こっちはこっちで別の部活動が熱心な勧誘を繰り広げていて、渡り廊下の下ではバスケ部とバレー部が新入生たちに向けて自分たちの実力を披露している。その中でも一際歓声と拍手が凄いのはバスケ部だ。

「こっちの人気者はメルの兄貴か。部員じゃないのによくやるよ」

 その言葉通り、見下ろせるバスケ部の試合には女子生徒の姿が異様に多い。3ON3の試合の中で空はプロみたいな動きで同級生と屈強な先輩たちを翻弄している。ボールを奪いに来れば、相手の股下へボールを通して仲間がパスを受け取り、反撃を受ければ力づくも含めたブロックでボールを奪い取ってゴールへ走る。そうして綺麗なシュートを決めると、あちこちから歓声と拍手が届く。だけど、空は何も反応を見せていない。

「クールだねぇ。でも笑顔なんて特定の相手に見せたらそれこそヘイトを一心に背負うか」

「そうだね……あの人気を見ると怖いよ」

 バスケに関して、空は小さい頃から才能があったと思う。四年生の頃から身長は上がっていたし、身体能力はその頃から高かったから、体育会系から引っ張りだこだった。お父さんが高校時にバスケで日本一になったことと関係あるのかもしれない。

「あっ……」

 誰にも笑顔なんて贈らない。そんな空だけど、コートから出て行く途中で私に笑みをくれた。小さく片手をあげたもんだから、その先を求めた女子たちの視線が一気に渡り廊下へ突き刺さった。

「やっば……」

 即座に背中を向けたマコちゃんと一緒に渡り廊下から逃げ出した。マコちゃんはともかく、私は双子なんだから別に逃げなくてもいいはずなのに、女子からの視線が怖くて私も逃げ出した。

 四年生の頃にお父さんとお母さんが交通事故で死んだ。それからはいらない子みたいな感じで親戚中を盥回しにされた。その頃から一緒に、二人の力で生きるんだ、そんな感じの約束をして今日までがんばってきた。双子としての絆と関係は普通の人たちよりも強いとは思うけど、それが何だか他人には親密過ぎるみたいで、空のことが好きだと告白した女子から何回か怨み節をぶつけられたこともある。

 一緒に支え合うと約束したのに、空の存在が私の重荷になる時があるのがすごく悲しい。たった一人の肉親なのに……。

 教室に戻ろ、と言うマコちゃんに従って、私はまだ飛んで来ているような気がする視線から逃げ出した。

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