第10話
「ごめん!八百屋のおっちゃん。悪気はなかったんだ。次からはちゃんと買うから、今日は許して」
それは、置かれている状況を考えれば、軽すぎる謝罪だった。
そんなに軽くては、いくら謝罪の意思があろうとも、八百屋に受け入られてもらえるはずもなかった。
「なんだ!その態度は!それで謝ってるつもりか!お前たちは大人をどこまでバカにすれば気が済むんだ!」
「いや、バカにはしてないよ。本当は罰だって受けてもいいんだ。でも、今はとても大事な用があるから」
「それがバカにしてると言ってるんだ!お前たちの用なんてな、大人から見れば、いくらでもある写真の1枚くらいしか価値がないんだよ!そんなもので、これだけの大人を帰らせられるか!」
さて、フィトたちの用事は、いくらでもある写真の1枚ではなく、ともすれば遺影に変わる話だった。
その話ができればあるいはとも思うが、話せないこの時点での結論は1つで、それをカルパはフィトに言った。
「逃げた方がいいんじゃない?」
「…みたいだな」
2人は小声でやり取りをし、フィトの了解をもってカルパは、今度はクエタに小声で話しかけた。
「今すぐ後ろに全力で逃げて」
「うん。わかった~」
クエタは、二つ返事で走り出した。
だが突然走り出したものの、その足は決して早くなく、これは逃げているのかと周囲の大人を戸惑わせた。
「何してるんだ。捕まえろ!」
八百屋の言葉に、近くにいたパン屋がハッとして、クエタを捕まえようと動いた。
するとそれを待っていたカルパが、大きく声を出した。
「助けて、アエラス!」
カルパが呼んだその名前は、ドローンのものだった。
暴漢対策のための機能を、カルパが作動させたのだ。
結果ドローンはパン屋を暴漢とみなし、クエタとの間に入って、パン屋の前に立ち塞がった。
極端に足が遅いクエタも、これなら逃げられるという考えだった。
しかし、そのとき、突然肝心のドローンが高度を下げ、地面に着陸してしまった。
「あれ~?」
異変を感じ、クエタが止まった。
「どうしたんだ?アエラス!」
カルパも呼びかけたが、ドローンに動く気配は全くなかった。
2人が戸惑っていると、警官が軽くニヤリと笑って、小さい機械をチラつかせた。
「警察官だからね。こういうものも持っているんだ」
それは、警官だけに使用を許された、ドローンを無力化する機械だった。
特別な改造でもしていない限り、市販されているドローンならその場で高度を下げてさせて、沈黙させられるという代物だ。
クエタのドローンも例外ではなく、吊り下げていたスナック菓子を下に敷いて、その上に鎮座することになった。
その機械の存在は有名で、当然カルパも知っていたが、警官がこの場に持って来ているとは想定外で、ちゃんと準備をしているところに警官の本気度も窺えた。
「じゃあ、逃走の意思アリってことで。仕方ない」
言いながら、警官が持っていた機械をふところに入れ、代わりにジャラリと手錠を出した。
それを受けて、八百屋も身を乗り出した。
「何か言い訳はあるか?」
それは八百屋の最後通告だった。
フィトもカルパも、もうそれに返す言葉はなかった。もう何を言っても、時間の無駄だったからだ。
時間が惜しいのはむしろ自分たちの方で、そう思うと、2人は無意識に臨戦態勢をとっていた。
八百屋は、そんな2人を見て「ふんっ」と鼻を鳴らし、2人から視線を外して周りに目をやった。
「みなさん、お願いします」
八百屋の号令で、十数人からなる大人たちがゆっくり動き出した。
大人たちはじりじりと距離を詰め、3人を囲む輪は少しずつ小さくなっていった。
ただ、とりわけクエタとの距離が近かったパン屋は、すぐに、クエタに手が届く位置に到達してしまった。
「坊ちゃん。悪く思うなよ」
パン屋が「お断り」を入れてから、クエタ めがけて手を伸ばした。
しかし、それには、フィトが反応した。
瞬く間に2人の下へ行き、「ごめん」と言いながら、ギリギリのところでパン屋を押しのけたのだ。
パン屋は転びこそしなかったものの、バランスを取り戻すまでに数メートル、ふらついた足取りで離れていって、他の人とぶつかりそうになっていた。
フィトは、そんなパン屋の状況をほどほどに確認すると、すぐに次の展開へと目を向けていた。
「カルパ。どこだ?」
フィトの求めにカルパが応じた。
「モニュメントの方。酒屋がベストだ」
言いながら、カルパはもう走り始めていた。
「クエタ」
フィトが声をかけると、クエタも「うん」と頷いて走り始めた。
フィトは、そのクエタを追い抜いて前に出ると、酒屋の正面に直行し、直前で立ち止まった。
酒屋は、カルパの見立て通り消極的な参加者だったのだろう、目の前にフィトが来ても飛びかかろうとはせず、あわあわと戸惑うばかりだった。
そしてその間に、クエタとカルパは、酒屋の脇を擦り抜けることができた。
2人を逃がしてしまっては、包囲も何もない。そのことに焦った酒屋は、せめてフィトだけでもと飛びかかった。
だが、避けるフィトを目ですら捉えきれず、あえなく転んでしまっていた。
「おじさん、ごめんね」
標的にしたこと。転ばせてしまったこと。恥をかかせてしまったこと。それら全てを一言に込めて謝りながら、フィトは悠々と包囲の外に出た。
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