幕間(1)

 その日の空は、穏やかに晴れていた。


 辺り一面に広がったクローバー畑では、たくさんの小さな花が咲いていた。


 時折吹く風は、こもった空気を優しく逃がし、新鮮で、ほのかに湿った空気を、日差しで火照った体にもたらした。

 

 母親は、車椅子に座って、クローバーの絨毯の上をまだおぼつかない足取りで駆け回る子どもを見ていた。


 その肩では、唯一の飾り気とも言えるカメオが淡く光り、子どもの安寧を祈っていた。


 無邪気に笑っている子どもの姿は、その祈りが無事に届いているのだと思わせた。


 母親は、そんな子どもを見て思わず微笑むと、まるで愛撫するかのように子どもに話しかけた。


「フィト、こっちに来て。お話があるの」


「なに~?」


子どもが笑顔で母親に駆け寄った。


「あのね、フィト。お母さんは、もうすぐ死んでしまうの」


「死ぬって何?」


子どもが目を大きく開けて聞いた。


「いなくなってしまうってことよ。こうやって話すことも、一緒に遊ぶことも、何もできなくなってしまうの」


「ヤダ!お母さん、いなくならないで」


子どもは泣きそうな顔で訴えた。


 母親は、それを大きく包み込むように答えた。


「お母さんも嫌よ。フィトと一緒の気持ち。


 お母さんも、フィトといっぱい色んなことがしたかった。


 一緒に色んな物を食べて、一緒に色んな物を見て、『おいしいね』とか『きれいだね』とか、いっぱいお話したかった。


 でもね、フィト。お母さんはもう、あと少ししかできなくなっちゃったの。


 だからね、フィト。お母さんは、残りの時間は大切な人と一緒に、精一杯、幸せな時間を過ごす気でいるの。


 大好きなフィトの名前をいっぱい呼んで、大好きなフィトの笑顔をいっぱい見て、大好きなフィトにいっぱい触れて。


 そうやって大好きなフィトと一緒に過ごせたら、お母さんは幸せだから…。


 ねえ、フィト、残りの時間、お母さんと一緒に、たくさん遊んでくれる?」


「うん…」


子どもは、少し暗い面持ちで頷いた。


「いっぱい、いっぱいギューッてしてくれる?」


 子どもは母親の言葉に、今度は無言で頷いた。


「フィト」


母親は子どもの名前を呼び、両腕を広げた。


 それを見て子どもはよちよちと母親に歩み寄ると、その両腕の中に頭をうずめた。

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