第88話

歩道と車道に分かれた大通り。




人も自動車も、更には街鉄も程よく行き交いするその通りは常に賑わっており、生活に必要なものはほとんどここで手に入る。




父が世話になっている秋霖出版社もこの並びにあり、桜子も日々の買い物をここで済ますのだ。




その通りの車道にあたる場所を、一匹の仔猫がこちらに向かって歩いていた。




よたよたとしたおぼつかない足取りに目を奪われる。




「鈴鳴……?」




いるはずのない名を口にし、その考えを打ち消す。




鈴鳴はお屋敷にいるはずだ。こんな場所にいるはずがない。




そう納得すると同時に、今度はひどくゆっくりとした動作で歩く猫が心配になる。




「おい」




明らかに他のことに気を取られている様子に零が不機嫌になる。




しかし、猫に気を取られている桜子は気付かない。




あまりののろさに手を差し伸べようかと思い立ち、断りを入れるために零を振り仰いだ瞬間、ひどく不吉な―――聞き覚えのある音を、聞いた。




「え……?」




振り返る。




黒塗りの自動車がまっすぐに走ってくる―――猫が。




桜子は気がつかなかった。




その自動車が車道ではなく、何故か歩道に向かって走ってくることに。




まっすぐ、桜子を目指していることに。




「―――っ!!」




零が何か叫んだ気がする。




しかし、桜子は猫を助けることを優先した。




あんなに小さな猫、跳ねられてしまったらひとたまりもない。




駆け出し、その身体を抱き締めた瞬間―――桜子は、こちらに突っ込んでくる黒い車体を見た。

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