第87話

勢いよく振り返り、腑に落ちないという顔をする零に深く頭を下げた。




「申し訳ありません!悪気はないんです!見た目にそぐわないと言いますか何と言いますか……本当にすみませんでした」




……一体、自分はこの人に何度謝っているのだろう。




むしろ、謝るだけのことをしておいて未だに無事でいることがある意味恐ろしい。




そんなことをぐるぐる考えていれば、頭上で零の溜め息が聞こえた。




「……良いから、顔を上げろ」




目立つだろうと言われ、恐る恐る視線を上げる。




不機嫌そうな、あるいはそうでもないような、判別のつかない表情に眉が下がるのがわかる。




それを見た零がかすかに眉を上げた。




「お前の周りは皆、あのような者ばかりか」



「さ、さぁ……?多分、普通だと思いますけど……」



「そうか」




気のせいかもしれないが、零の表情はどこか楽しげだった。




それが逆にかなりの不安を煽る。




夜会での件もあるし、この人には今まで相当とんでもないことをやっている。




不安に押し潰されそうな顔をする桜子を見て、零がわずかに首を傾ける。




「……それで今の娘が言っていた、お前を轢きかけた云々というのはどういうことだ?」




真顔の問いだった。




その言葉に桜子は思わず視線を逸らす。




貴方の乗っていた自動車に轢かれかけたんです、と言うのは、結構それなりの勇気がいる。




桜子自身、どれほど前のことだったかよく思い出せないし、今更蒸し返してもどうにもならない話だ。




それにこれを言ってしまったら、わずかに、ほんのわずかに軟化してきた零の態度が変わってしまいそうで怖い。




様々な葛藤に考えるのが嫌になり、逃げるように視線を道路の方に投げた桜子は、そこにあるものを見てはっとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る