第83話

「お久しぶりです。……あの、何か?」




感情の見えない人形のような瞳は、決して居心地の良いものではない。




すべてを見透かされているような気分になり、どこか心許ない。




東雲はかすかに首を傾げ、桜子を見つめてくる。




「これからどちらへ?」



「そこにある秋霖しゅうりん出版に。届け物です」




当たり前のようにに答え、はっとする。




「その、父の仕事の使いです」




付け足せば、東雲は頷いた。




「貴女の父上は確か、絵描きでしたね。雑誌の仕事もあるようで」



「はい、そうですが……」




頷きかけ、はてと首を傾げる。




自分はいつ、父が絵描きだと教えただろうか?




東雲とは初対面以来会っていないし、親しいわけでもない。




違和感に眉を寄せると、不意に袖を引かれた。




「桜子。誰、これ」




思いっきり不審者を見る目で佳世が東雲を見ていた。




しかも『これ』ときたか。




桜子は慌てて東雲を紹介した。




「こちらは東雲さん。陸軍の方よ。前に一度、藤ノ宮家でお会いしたことがあるの。こちらは佳世。女学校の級友で私の親友です」



「…………」



「…………」




桜子の言葉を聞いているのかいないのか、佳世は東雲の顔をじっと見つめ……いや、睨んでいた。




まるで親の仇でも見つけたかのような視線の鋭さに桜子が怯える。




東雲も無言と無表情を貫き、うんともすんとも言わない。




……どうしてだろう。




ここだけ妙に気温が低い気がする。

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