第79話

桜子が去った後、零は小さく息を吐いた。




「お大事に、な……」




この歳になってからめっきり掛けられなくなった言葉に思わず苦笑が漏れる。




最初は、財力目当ての女だと思っていた。




自分の周りにいた、藤ノ宮の名にすり寄る女たちと変わらないと思っていた。




けれど自分のことを殴り、贈り物を突っ返し、それでも平然と屋敷に出入りしてはこんな場所にやって来る女だ。




どう考えても明らかに、今まで関わってきた女たちとは何かが違う。




気が抜けてしまったかのようにこぼれる笑みを手で覆い隠し、零は肩の力を抜いた。




肩の痛みを隠すため詞季子から逃げてこの場所にやってきた。




そこで密会している男女がいると思ったら、覚えのある声に不思議と身体が動いていた。




こんなところに男を漁りにきたのかと呆れ返ったが―――あの娘、手が震えていた。




そんなことを思い出し、ふと隣を見る。




あるはずのないぬくもりに違和感を覚え、鋭く痛む肩を押さえ、零はゆっくりと瞳を閉じた。

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