第77話

「当たり前……な」




ぽつりと呟かれた言葉には、気のせいかもしれないが、どこか寂しげな色が混ざっていた。




それに虚をつかれ、桜子は言葉を失う。




しかし、次いでこちらを向く零の表情は普段通りだ。




かすかな違和感に首を傾げていると、零が何かを思い出したかのように「あぁ」と呟く。




「そう言えば、母上がお前を探していたぞ」



「……あっ!」




零の言葉にようやく、桜子は今の状況を思い出した。




様々なことがあり過ぎて忘れていたが、自分は今、華族の夜会に来ているのだ。




それだけでも大問題なのに、これ以上の迷惑はかけられない。




それに置いて行かれでもしたら一人では帰れない。




「申し訳ありません!奥様はどちらに……っ!?」




勢いよく立ち上がると、零が座ったままこちらを見上げる。




交わった視線がかちりと音を立てたような気がした。




「母上ならそこらで語らっているだろう。……安心しろ。確かにお前の存在を忘れてはいるが、放置しては帰らまい。そういう人だ」




慰めなのか何なのかよくわからない言葉に桜子は曖昧に頷く。




「はい……あの、ありがとうございました。ご迷惑をお掛けしました」



「構うな。行け」




無造作に手を払う仕草にも、不思議と厭な気分にはならなかった。




「失礼します」




頭を下げてよろめきながら駆け出すと、背後から声が飛んで来た。




「あと、誰かが俺を探していても無視しろ。余計な『人助け』はいらん」




振り向けば、薄い笑みを浮かべた零がいた。

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