第72話
反論の言葉もない。
こちらを見下ろす顔には呆れの色が濃い。
それでも、今の桜子には見知った人間が傍にいるということがとても有り難かった。
「ありがとう……ございました……」
かすれた声で礼を言い、自分がびっしりと汗をかいていることに気がつく。
震える手を握り締め、深く息を吐き出す。
そんな桜子に、零が心底呆れた視線を投げる。
「しかし、よくもまぁ、こんなところまで潜り込めたものだな。母をたぶらかしたのか?」
「……違います」
嘲りというよりは純粋な疑問に桜子は肩の力を抜く。
「奥様が連れて来てくださったのです。お断りしたのですが……私が望んで来たわけじゃありません。……こんなところ、来なければよかった……」
最後は完全な独り言だった。
黙り込むと、深い溜め息が降ってきた。
「別に、お前がどこで何をしてどんなことを企んでいようが勝手だがな、我が家を巻き込んでくれるな。男を漁るのならそれを頭に入れた上でやれ。……まぁ、どうせ遊ばれて仕舞いだろうが」
「…………」
二の句が継げないというのは、こういうことを言うのだろうか?
……何故だろう。
助けて貰って感謝までしたというのに、目の前にいるこの男の横っ面を叩いてやりたくて堪らなくなった。
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