第73話

どうやら、零の中で自分は『侯爵夫人に取り入る平民の女』から『華族の男を漁る女』になったらしい。




どちらも有り難くないが、強いて言うならばまだ前者の方が良かった気がする。




「……誤解です。私、男の人を漁りになんて、そんな目的ありません」



「そうか?女は皆、そういったものに惹かれるのではないのか?やめておけ。平民と華族が一緒になっても苦労するだけだ」




(ああ、もう!)




どうして、この人はいつもいつも人の話を聞かないのだろう。




思わず額を覆う桜子を一瞥し、零は興味なさげに視線を逸らす。




「まぁ、俺には関係ないがな」




そう呟き、流れるような動作で桜子の隣に腰掛ける。




疲れたように息を吐き出す姿に、桜子はふと動きを止めた。




どこか辛そうな横顔に思わず尋ねてしまう。




「あの、こんな場所に来て大丈夫なのですか?お怪我をなさっているのに……」




完治していたとて、このような集まりは疲れるだろう。




その一心での言葉だったが、こちらを向いた驚愕と不審の入り交じった表情に桜子は己の失態を悟る。




「……どうしてそれを知っている?貴様、軍部の関係者か?」




ぞくりとするほど冷たく低い声。




桜子は真っ青になり、慌てて首を振った。




「い、いいえ!奥様がそうおっしゃったので……」




……ああ、言い訳をしている。




本当は心配しているのに、千鶴子を言い訳にしている。




そんな自分が、ひどく惨めだった。

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