第71話

恐る恐る目を開ける。 




目の前に男の顔はなく、代わりに地面に倒れた男と長身の男が立っているのが見える。




「―――こんなところまで男を漁りにきたのか」




嘲りと呆れを含んだ言葉に、その時ばかりはほっとした。




驚きと恐怖に言葉もない桜子から目を逸らし、地面に伏す男を蹴り飛ばした男―――藤ノ宮零は冷徹な視線を注ぐ。




「まったく、ろくでもない」




どちらに対しての言葉だかはわからないが、その視線は呻く男に向けられている。




「貴様は自分の愛した女の姿も見分けられないのか?貴様が誰と戯れようが俺には興味ないが、目の前でやられてはいい迷惑だ」




零の容赦ない言葉に男の顔色が変わる。




桜子に目を遣り、それが自分の恋人でないとようやく気づいたらしい。




羞恥に顔が染まり、次いで怒りにどす黒く染まる。




「な……っ!お前こそなんだ!こんなことをして許されると思っているのか!?」




息巻く相手にも零は平然としていた。




呆れたような溜め息を吐き、見下すような視線を男に注ぐ。




その視線の鋭さと冷たさに桜子までひやりとした。




「俺は藤ノ宮零だ。その地位が惜しいならば、今すぐこの場を去れ。目障りだ」




その名を聞いた瞬間、男が一気に青ざめる。




「ひっ」と首を絞められた鶏のような声を出した後、転がるように去って行く。




その背中を一瞥し、零はベンチにすがりつくようにして座る桜子を見下ろし、




「馬鹿か、お前」




そう言った。

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