第67話

桜子は呆然と、目眩と共に目の前の世界を見つめていた。




さざめき笑う紳士淑女たちの華やかさ。




その間を行き交う使用人たちの軽やかさ。




闇が落ちた広い庭園に灯された灯りの美しさ。




そこにはいくつものテーブルが用意され、真っ白なテーブルクロスの上には見たこともない豪華な料理の数々。




一瞬、お伽噺の中に迷い込んだ気がして呆然としていたが、自分の置かれた状況がそんな余裕を許さない。




(奥様を探さなきゃ……っ)




うっかり目の前の世界に見惚れていたがゆえ、千鶴子とはぐれ、華族たちの中で一人立ちすくんでいる。




早く千鶴子を見つけなければという焦りに押されて足を踏み出したが、踵の高い靴はあっさりと桜子を裏切った。




「あ……っ」




ぐらりと視界が揺れ、足首に痛みが走るより先に地面に手をついてしまう。




急に倒れた桜子を周りは不思議そうに見下ろす。




「まぁ、大変」



「段差でもあったのか?」



「誰か、その方を起こしてさしあげて」




気遣う言葉を掛けながらも、誰一人とて自分から動こうとはしない。




不様に倒れた桜子を横目に自身の会話に戻っていく。




それらを呆然と地面から見上げ、慌ててやってきた使用人に助け起こされる。




「あ、ありがとうございます……」



「いえ。お気をつけください」




慇懃に礼をする使用人が去って行く。




泥のついたスカートを見下ろし、桜子は溜め息を押し殺した。




(洗濯したい……)




鮮やかな色に残ったそれを見て、現実逃避のようなことを思った。

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