第66話
視線をやれば予想通り、詞季子はひきつった笑みを浮かべていた。
零が怪我をしたことは軍部の関係者なら知っているし、少将の娘であり零の気を引こうと躍起になっている詞季子がそれを知らないはずがない。
恐らく、それを逆手に零を誘い出したのだろうが、母にしてみれば『病み上がりの息子を連れ出して何をしている』ということになる。
零自身には何ら問題ないが、詞季子にしてみれば痛烈な嫌味であった。
それを自覚なしに言うのだから、まったく憎めない。
悪気の「わ」の字すらない母に、いくら少将の娘であろうと華族の出ではない詞季子はろくな返しが出来ず、曖昧な笑みで切り抜ける。
そこでようやく詞季子の存在に気づいたのか、母は「まぁ千条院のお嬢様。ごきげんよう」などと言っている。
無邪気で憎めない性格ゆえ、敵を作らない。
我が母親ながら恐ろしい。
一通り喋り通した後、母はふと何かを思い出したように辺りを見回した。
「どうしましたか、母上」
「あらあら、どうしましょう」
頬に手をあて首を傾げ、口ほどには困っていないような表情でこちらを見上げる。
「お友達を一緒に連れてきたのだけれど……はぐれてしまったみたいだわ」
さらりと言う母に零は呆れた。
自己中心で自覚なしに周りを振り回す母のことだ、連れのことなど最初から忘れていたに違いない。
溜め息を吐きたいのをどうにか堪え、零は言った。
「気にすることはないでしょう。向こうも向こうで付き合いがあるでしょうし、わざわざ邪魔をすることは……」
「でも、零」
平然としつつ、母は言う。
「桜子さんは華族でなくてよ?」
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