第64話

「……それは何よりで」




夜会など嫌いだ。




普段は男女が手と手を取り合って踊る、いわゆる『ダンスパーティー』だが、今夜は主催の鈴ヶ森子爵の趣味で無礼講の立食式の夜会だ。




無礼講と言いつつも、そこは上流階級。




皆々、穏やかに上品な会話を楽しんでいた―――表面上は。




少し耳をすませれば、ほら。




「……お聞きになりまして?〇〇公爵家の莫大な借金のことを」



「金遣いが荒い上、見栄はりだからでしょうな」



「□□伯爵夫人と△△男爵が恋仲だという噂は?」



「まぁ、記者の喜びそうなお話ですこと」




ざわめきに紛れる言葉を拾えば、大半がそのようなこと。




―――くだらない。




他人の動向にいちいち気を配ることのどこが楽しいのだか。




そんなことを思い、無造作に身体の向きを変えた瞬間、背筋が凍り付くような痛みが走った。




「……っ」




どうにかやり過ごしたが、嫌な汗が額に滲む。




(くそ……)




心の中で悪態を吐きつつ、自然な動作を心掛ける。




仕事柄、怪我をすることなど珍しくも何ともない。




警察の手には負えない仕事が回ってくるため、流血沙汰が確定している仕事が大多数だ。




しかし、此度の一件は完全に自分の不注意が招いたことであった。

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