第63話
逃げ出したいと思うも、流石に走っている自動車から飛び降りる勇気など備わっていない。
「今夜の夜会はね、わたくしの古いお友達、鈴ヶ森子爵が主催なの」
扇を揺らめかせながら語る千鶴子の話を聞きながら、桜子はひたすら吐き気を堪えていた。
自動車酔いもあるが、それ以上にこの状況に対しての不安と恐れが計りしれない。
(だ、誰か……っ)
華やかな夜会服に身を包んでいるにも関わらず、桜子にはそれを楽しむ余裕はまったくと言っていいほどなかった。
平民が華族の夜会に参加する―――それがどんなことを意味するのか。
さすがの桜子も恐しく、それ以上考えたくなかった。
―――生憎、娘に恵まれなかった千鶴子が桜子を着せ替え人形にし、そのついでとばかりに夜会への参加を強制決行していたその頃。
零は零で、この集まりに辟易していた。
「おぉ、藤ノ宮様。ご活躍はかねがね」
「千条院様もお久しゅうに」
「今宵はお二人でのご参加か。仲のよろしいことだ」
振り撒かれる愛想と上辺だけの会話。
それらを遠目に零は視線を傍らに落とす。
見た目で言うのなら完璧な笑顔で答える詞季子と目が合い、咄嗟に視線を逸らす。
「嬉しいですわ、零様。貴方様とこうやって夜会を楽しめるなんて」
楽しんでいるのはお前だけだ―――そう言わなかったのは人目と相手が少将の娘ということを鑑みてのことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます