第61話

慌てて断ろうと首を振る桜子の腕を掴み、千鶴子が懇願する。




「わたくし、色彩感覚がおかしいってよく言われるのよ。自分ではそんなことないって思うのだけれど……」




そう言って、千鶴子は傍の椅子に掛けてある夜会服を手にした。




「今夜もこれを着ようと思ったのだけど、零に一蹴されてしまって。いつもは夫が選んでくれるけど、今はいないのよ。使用人たちも何も言ってくれないし……」




桜子は千鶴子が手にした夜会服を見て言葉を失った。




女ならば誰でも憧れるであろう夜会服。




しかし、それは深い青に茜の縦じまという、ある意味凄まじいものであった。




どうなったらこんな服を選べるのか―――というかこんな服があるのかとぎょっとした桜子は、咄嗟に部屋の中を見回す。




普通の色彩の服の方が多いのに、どうしてそれを選んでしまったのかは甚だ疑問だが、こんな服を着ては華族でなくとも恥をかく気がする。




「これよりも、あちらの色がよろしいかと思いますが……」



「そう?でも、お気に入りなのよねぇ」




……千鶴子の色彩感覚がおかしいということに桜子は深く納得した。




その後、ああでもないこうでもないと夜会服を吟味し、何を着て行くべきかと話し合う。




早くに母を喪った桜子にとって、その時間は不思議と楽しいものだった。




屋敷を出なければいけないギリギリの時間まで悩みに悩んで、結局どうなったのかと言えば―――。




「奥様……」




自分を姿見に写し、桜子は絶句した。

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