第57話

去り行く背中を見遣り、零は突き返された薄紅色の包みを無言で見下ろした。




―――何が気に食わなかった?




高価ではないが、それなりに見栄えのする物を選んだつもりだ。




女という生き物は物をやれば大人しくなる、というのが零の持論だった。




たまに勘違いして扱いに困る女も出てくるが、その辺りは比較的上手くやってきた。




だから、どうしてあの平民の娘がこれを突き返したのか、零にはさっぱりわからなかった。




いつの間にか屋敷に出入りしている平民の女学生。




この前、己の不注意で負った傷の痛みに耐えきれず倒れたところを見られた時は、本気で間の悪さを呪った。




おかげであの娘の手を借りる羽目となり、結果として借りを作る形となってしまった。




どちらにせよ、付け入る隙を見せないために適当な物を与えようたしたのだが―――。




零は溜め息を吐いた。




母の気まぐれは今に始まったことではないが、今度ばかりは相手が悪い。




財力に群がる者ほど厄介な者はいない。




零に限らず、華族の中で平民を軽視する者は決して少なくない。




だが、零の中で桜子に対する評価が何故か微妙に変化していた。




すべての行動が零の予想を飛び越え、下手すれば度肝を抜かれる。




まるで予測不能―――零が一番嫌う類いの娘である。




突き返された手切れ金ならぬ手切れ品をどうするべきかと考えていた時、使用人が零を呼びに来た。




「零様、お客様です」



「客?そのような予定はないが……誰だ」



「わたくしですわ、零様」




女特有の高い声が聞こえる。




その人物を見て、零はかすかに顔をしかめた。




「……詞季子しきこ殿」



「お迎えに上がりましたのよ、零様?」




紫色の夜会服と濃い化粧を施した美少女が、零を見てうっとりと微笑んだ。

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