第56話
つまり、だ。
これをやるから、この前のことを忘れろ、という意味だ。
謝礼欲しさに華族を助けた―――そう、思われた。
「これで満足し、大人しくしていろ。これ以上を求めるな」
至極完結にまとめて去ろうとする背を見つめ、桜子はきつく唇を噛み締めた。
渡された包みを投げつけようとし―――寸前で踏みとどまる。
「……要りません」
怪訝な顔で振り向く零をまっすぐに見つめ、桜子は包みを突き返す。
「要りません。こんなもの、欲しくありません」
平民は財力で釣れば何でも言うことを聞く―――そんな考えが華族にはこびりついているのか。
ふつふつと静かな怒りを湛えた瞳を零に向ける。
「お礼が欲しくてやったわけじゃありません。人として当たり前のことをしたまでです。……だから、これをいただく理由は私にはありません」
そう言い切る桜子を零は得体の知れない物を見るような目をして見つめた。
まるで不思議なことを聞いたというような顔をされる。
「……要らないと?」
「要りません」
はっきり断るも、しかし零は真顔で尋ねてきた。
「なら、何がいいんだ?」
嘲りでも皮肉でもない、どこまでも純粋な疑問であった。
心底わからないといった表情に、桜子は思わず叫ぶ。
「お金ですべてが解決するなんて、そんなの大間違いです!」
薄紅の包みを零へと押し付け、桜子はその場から逃げ出した。
屋敷までの道を駆けながら、思う。
―――嗚呼。またやってしまった。
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