第58話

千条院せんじょういん詞季子しきこ




父親が帝国陸軍少将―――つまり陸軍で上から三番目の地位に就いているため、権力とツテで華族との繋がりを作った成り上がりの娘。




少将の一人娘となっては邪険に扱うことが出来ず、それを何と勘違いしたのか事あるごとに零にすり寄ってくる。




軽い苛立ちを覚えつつも表向きは冷静に対応する。




「どうしましたか、詞季子殿。何か用でも?」




冷ややかな声に詞季子は心外だとでも言うように眉を動かしてみる。




「あら、やはり忘れていらっしゃいますのね。お約束したではありませんか、今夜の夜会には必ず同伴出席する、と」




それを聞き、零は過去の自分に思いっきり舌打ちをした。




暇さえあれば夜会夜会と、零に同伴出席を求めてくる詞季子の誘いを断るのもそろそろ限界だ。




いくら鬱陶しくとも上官の娘。




面倒なことこの上ない。




表情は変えず、けれど冷ややかな眼差しで零は詞季子に言った。




「私でなくとも、貴女ならいくらでも相手がいるでしょうに」



「あら。わたくし、貴方以上の殿方など見たことありませんわよ?」




何を思っているのかわからない瞳をして、詞季子がくすりと笑った。




本心を見せない、上辺でのやりとり。




華族社会での常識。




この世界に生まれたのならば、馴染むしかない。




でも―――嫌いだ。




憎んでいると言ってもいい。




上辺だけ華麗で、一皮めくれば欲と欺瞞に満ち溢れたこの世界には辟易する。




溜め息をこらえ、零は観念した。




今回行けば、当分の間は適当な理由をつけて詞季子を避けられる。




幸い、今夜は堅苦しいことを嫌う子爵家の夜会だ。どうとでもなるだろう。




すばやく算段を立て、自分も他の者と大差ないと自嘲する。




「……わかりました。行きましょう」




中途半端になった包みを隠すように握り締め、零は詞季子に腕を差し出した。

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