第53話
はっと辺りを見回す。
途端、近くの繁みが不自然に揺れ、次いで涼やかな鈴の音を聞く。
「鈴鳴!」
そこから出てきた黒猫を抱き上げ、桜子は歓喜の声をあげた。
「よかった……っ!心配したのよ?」
家に居た頃の癖でつい、柔らかな毛並みに頬を擦り寄せる。
鈴鳴は特に嫌がる素振りも見せず、桜子の髪に爪を引っかける。
「皆あなたのことを探していたのよ……見つかって良かった……」
心底ほっとしながら鈴鳴が出てきた繁みに視線を移した瞬間。
「…………おい」
不機嫌そうな瞳と目が合った。
「……」
鈴鳴を抱き締めた格好のまま固まる。
完全に硬直した桜子を一瞥し、繁みの向こうにいた零が溜め息を吐いた。
「……またお前か」
心底うんざりとしたような声に桜子は唖然とした。
「ど、どうしてこんなところに居るんですか……」
「自分の家に居て何が悪い」
「そうではなくて!……こんなところにいて平気なんですか?身体は……」
なんとなく、怪我のことは口にしない方が良いような気がした。
それは正解だったようで、零の顔がこれでもかというくらいに歪む。
……女の前でみっともなく気を失ったら、誰だって機嫌のひとつやふたつ、悪くなるだろう。
「お前に心配される筋合いはない」
ばっさりと切り捨てられ、それ以上何も言えなくなる。
居心地の悪い空気が流れ、耐えきれずにそろそろ去ろうと思った頃、
「鈴鳴とは、なんの捻りもない名前だな」
ぽつり、と零が囁いた。
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