第45話

「……人は呼びません」




桜子の言葉に零は訝しげな顔をした。




変わり身の早さを不審に思ったのだが、桜子は構わずその腕と肩を掴む。




そして、零が何かを言う前にはっきりと言い切った。




「呼びませんから、私が貴方を運びます」




お人好しにも冷酷にもなりきれない。




ならば、後悔だけはしたくない。




誰に何を言われてもいいから、それに負けずに進む強さが欲しい。




桜子の言葉に零がこれでもかというくらい目を見開いた。




驚愕とも馬鹿を見るともつかない瞳をしっかりと見返す。




「嫌なら人を呼びます。なんならここから叫んでもいいですけど」



「お前……阿呆か?」




真顔で訊かれ、桜子はむっとした。




とんでもないことを言っているという自覚はある。




後がどうなるかわからないことも。




……それでも。




「阿呆でもなんでもいいです。今、貴方を見捨てたら私は絶対に後悔します。……それに、具合の悪い人を放ってなんておけません」




そう言って零の腕を掴んで持ち上げようとする。




だが、くるりと手のひらを返され手首を掴まれた。




「夫人の次は子息に取り入る気か?」




冷たい声だった。




思わず身を引きかけ、首を横に振る。




「取り入る気なんてありません。これは……ただのお節介です」



「いらん節介だな」




ばっさりと桜子の言葉を切って捨てた零だが、次いで身体が横に傾きかける。




「く……っ」



「……っ!?」




倒れる身体をどうにか支えるが、重い。




顔をしかめてその体重を支え、次いで零の様子がおかしいことに気がつく。




「藤ノ宮様!?」



「う、るさ……」




零が呻きながら言い、しかし次の瞬間、その身体が崩れ落ちる。




その意識のないことに動転し、桜子はもんどりを打つようにして屋敷へと走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る