第44話

振り向いた桜子は、自分の目に映る光景を理解するのにしばらくの時を要した。




理解が追い付かず、一瞬頭が真っ白になる。




「え……え?」




―――藤ノ宮家の門より少し手前で膝についた零の背が、大きく動く。




不自然な動きに目を見開き、桜子は慌てて駆け寄ってその顔を覗き込んだ。




「大丈夫ですか!?」




咄嗟に手を伸ばすも振り払われる。




「なんでもない。……放っておけ」



「放っておけって……」




苦しげに歪められる顔と玉を結ぶ額の汗が、「放っておくな」と桜子に訴える。




動転しながらも桜子は必死に今しなければいけないことを考えた。




「と、とにかく人を呼んできます!待っててください」




幸いなことに屋敷はすぐそこだ。




助けを呼ぼうと走り出すが、すぐにつんのめった。




零が桜子の腕を掴み、上目遣いに睨んでいる。




「余計なことをするな。……ただの立ち眩みだ」



「立ち眩みって……」




立ち眩みだけでそんな苦しげな顔をするだろうか。




零は何事もなかったかのように立ち上がる……が。




「……っ!」




再び、声もなく膝から崩れ落ちる。




「藤ノ宮様!?」




思わず叫ぶも、零は辛そうに眉間に皺を寄せていて桜子の声は届いていないらしい。




「やっぱり、人を……」



「やめろ」



「でも!」




反論の言葉は鋭い視線に封じられる。




一瞬口をつぐみ、けれどそれを睨み返した。




地面に膝をつき顔を歪めるその姿が、いつかの鈴鳴の姿と重なった。




―――見捨てられない。




ここで見捨てたら絶対に後悔する。




……自分はお人好しではない。




正直、この人のことは好きではないし、自業自得だと思わなくもない。




それでも、冷酷にもなりきれないのだ。




自分を殺しかけた男に手を伸ばしてしまうくらいには、お人好し。




それは自覚している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る