第43話

何か違う気がする。




なお言い募ろうと口を開いた桜子だが、その横を零がすり抜ける。




すれ違いざまに吐き捨てるかのような声が耳に届く。




「どうせ母上のいつもの我が儘だろうが、平穏を望むなら近づくな。ろくなことに巻き込まれんぞ」



「待ってください……!」




はっとし、その背中を引き留めた。




だが視線が絡まった途端、続く言葉に詰まってしまう。




「……貴方の言い分はわかります。でも、私は何も望んでなんていません。強いて挙げるのなら、奥様に喜んでいただきたいだけです。……それと」




嫌な動悸と冷や汗に拳を握り締め、桜子は零の背に向き合った。




「……この前は、殴ってしまって申し訳ありませんでした……!」



「知らん」




決死の思いでやっと告げた謝罪は、そんな零の言葉に一刀両断された。




「お前が俺を殴る?何かの間違いだろう」



「は……?」



「去れ」




口すら挟ませて貰えず、桜子はただただ絶句した。




そのまま何も言わず去っていく零の姿を呆然と見送り、棒のように突っ立っている。




……確かに、桜子とて自動車に轢かれかけた。




その謝罪はないどころか、零は桜子のことを覚えてすらいない。




悔しいが、それが華族にとっての平民。




半ば諦め、それでも自分の落とし前は自分でつけようと思っていたのに、それすら許さないとはどういうわけだ。




(もう……っ!)




わけがわからない。




唇を噛み、帰ろうと勢いよく踵を返した瞬間。




ドサリ―――と、背後で重たい物の倒れるような音がした。

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