第42話

「だから申し訳ないと言っている。埋め合わせは後日する」



「本当ですの?」




疑わしげに首を傾げつつも、その声音に逆らうことが出来なかったのか令嬢はあっさりと頷いた。




「わかりましたわ。その言葉、忘れないでくださいませね?では、ごきげんよう」




そう言って優雅に身を翻し、令嬢は自動車に乗り込んだ。




走り去る自動車を視線で追っていると冷ややかな声が飛んでくる。




「お前の趣味は立ち聞きか?」



「……違います」




視線を戻せば冷徹な瞳とかち合う。




一瞬、瞳の奥で火花が散ったように感じた。




逸らそうにも逸らせず、意図せずに睨みつける格好となる。




黙り込んだままの桜子を見遣り、零はかすかに瞳を歪めた。




「まだ出入りしているのか」



「……」



「懲りない女だな」




呆れたようなその言葉が、自分を殴っておいてよくまぁ顔を出せるものだと言っているように聞こえた。




実際そうなのでまともな反論が思い浮かばない。




「……どうして、言わなかったのですか」




じりじりとした雰囲気の中、絞り出すように声を出す。




ずっと疑問に思っていたことだ。




何故、この男は桜子に殴られたことをそのままにしているのだろう、と。




平民の女一人、どうとでも出来るはずなのに、桜子は相変わらずの日常を送っている。




その問いに零は呆れたように答えた。




「女に殴られたなど俺の沽券に関わる。それに、そんなことに時間を割いている余裕はない」



「…………」




何となく、納得出来なかった。

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