第41話

すっかり顔馴染みになった守衛に挨拶し、徒歩で帰路につく。




夕暮れにはまだ少し早く、夕飯の買い物でもしようかと考えていたところ、桜子は前方に自動車が停車しているのを見た。




侯爵家前ということで人通りは閑散としているが、自動車の傍に一組の男女が立っている。




女の方はまるでこれから夜会にでも行くのかと言うような洋服を纏い、手に日傘を持っている。




男の方は深緑に近い色の軍服を身に付け、こちらにその横顔を向けていた。




はっとして足を止めた時、女の甲高い声が風に乗って流れてくる。




「ひどいですわ零様!今夜の夜会には必ず出席すると仰っていたではありませんか!それを今更反古(ほご)にするだなんて……っ!」




―――零。




その名に身体がびくりと反応する。




早急に立ち去らねばならないと思うのに、足が地面と一体化してしまったかのように動かない。




立ちすくむ桜子に気付かず言葉を捲し立てる女から目を移し、男―――零が一瞬、こちらを向いた。




「……っ!」




息が止まる。




すぐさま逸らされたため気のせいと思いたかったが、しっかりと目が合ってしまった。




「……用事が出来たと言ったはずです」



「ええ、聞きましたわ。お仕事ですってね。……毎回毎回、同じ理由で同伴を断られましたら嫌でも疑うというものですわ」




……毎回、同じ理由で断っているのか。




自分には関係のないことなのに、それはないだろうとも思う。




せめて理由くらい変えれば良いものを……。




しかし、零はそんな会話すら面倒臭くなったのか、静かながらも有無を言わせない声音でどこぞの令嬢らしき娘に言った。

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