第34話

振りかぶった右手が熱く、ひどく痛かった。




それでも、言わずにはいられなかった。




「貴方にそんなことを言われる筋合いはないわ!ろくに人の顔も覚えていない人にとやかく言われたくない!」




平民にだって矜持はある。




いや、平民だからこそ矜持がある。




「華族だろうと平民だろうと、そんな理由で蔑まれる理由なんてまっとうな理由じゃないわ!何故貴方にそんなことを言われなくてはならないの!?」




何故そこまで言われなければいけないのか、桜子には毛頭も理解できない。




怒りとも悔しさともつかぬ感情に突き動かされ、声を張り上げる。




感情とは不思議なもので、一度堰を破ればどんどん溢れて止まることを知らない。




……だが、その分冷静になるのも早かったわけで。




言いたいことを感情のままに捲し立て、吐き出す。




しかし頭に昇っていた血が引いたその瞬間、桜子ははっと我に返った。




痺れる手を握り締めたまま、呆然と目の前の男を凝視する。




零は零で何をされたかわかっていないような顔で桜子を見つめており、その左頬は夕焼けの中でもわかるほど赤くなっている。




沈黙が落ちた。




互いに言葉を発さず、何とも言い難い奇妙な沈黙にカラスの鳴き声が割り込んだ頃、ようやく零が溜め息を吐く。

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