第32話

「……で、何が目的だ?生憎、夫人に取り入っても何も得んぞ。俺もあの家も馬鹿ではない。お前一人どうとでもなる。身の程知らずな真似はやめろ。目障りだ」




……いつかと同じく、何を言われたのか桜子には理解出来なかった。




だが同時に、どうしてこの男が自分を徒歩で送るなどという面倒なことを実行したのかを悟る。




納得はした。




しかし、理解は出来ない。




まともに受けてしまった衝撃をやり過ごし、桜子はどうにか言葉を紡いだ。




「……誤解、です。取り入ろうなんて、そんなこと考えていません」




辛うじて言えた言葉は情けなく震えていたけど、それは何も目の前の男に対する恐怖だけじゃない。




「私は、奥様の猫を助けただけです」



「助けた?謀ったのではなく?侯爵夫人の猫だと知ってやったことではないのか」



「違います!」




屋敷に出入りしている者ならともかく、道端に居る猫が侯爵夫人の飼い猫だとどうしてわかるだろう。




確かに、毛並みの状態から良い家の飼い猫だとは思ったが―――。




否定しても零は疑いと蔑みを含んだ視線を向けてくる。




「口ではどうとでも言える。俺は己の益しか頭にない輩が嫌いだ。……今後一切、あの家には近づくな。お前が考えているほど甘くはない。諦めるんだな」




受け入れて貰うどころか、主張を聞いてすら貰えない。




その理不尽さに桜子は思わず叫んでいた。




「助けることがそんなにもいけないことですか!?」





悔しい。





悔しい。





悔しい。





取り入ろうと思われたことが、ではない。




そういう人間に見えたということが、悔しくてならない。




「私は猫を助けただけです!取り入るためでも何でもない、助けたかったから助けただけ。打算なんてこれっぽっちもないわ!」




決して品行方正に生きてきたというわけではない。




それでも、こんなことを言われる筋合いはないはずだ。




……でも。




「傲慢だな、お前は」




何の感慨もなく、目の前の男はそう言った。

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