第15話
桜子の暮らす家は、人家と人家の間に埋もれるようにしてある小さな一軒家だった。
木造の平屋に小さな庭。
日崎家が没落する以前までは伯爵家として恥ずかしくない立派な屋敷を持っていたそうだが、それも昔のこと。
今は父娘二人、小さな家で細々としながらも平穏な日々を送っていた。
家に帰るや否や、桜子はすぐに猫を茶の間にある座蒲団の上に乗せた。
そのまま台所に駆け込み、二つの皿に魚の煮干しと水を入れる。
猫を飼ったことも餌を食べさせたこともないため、はたしてこんな物で良いのかは甚だ謎だが、今はこれしかない。
それを持って黒猫の元に駆け戻り、桜子は目を丸くした。
「おかえりなさい、桜子。……何やら、小さなお客さんがいるようだね」
「父さん……!」
こちらを向いておっとりと微笑みながら、座布団の上の猫を覗き込んでいた父はそう言った。
職業は絵描きで、絵や雑誌などの挿し絵などを描くなどして生計を立てている。
そこそこ売れているため、父娘が生活するには困っていない。
普段は部屋に籠って絵を描いているのだが、締め切りを守ったためしがないと担当者がいつも泣いている。
四十路を過ぎたと言うのに盛りを失わない美貌と纏う雰囲気の柔らかさが相俟ってか、近所の奥様方に人気があり、『先生』と呼ばれていたりもする。
幼い頃に母は亡くなったが、それ以来、男手一人で桜子を育ててくれた自慢の父である。
「ただいま帰りました、父さん。……ごめんなさい、ちょっとどいてもらえる?」
帰宅の挨拶もそこそこ、桜子はそわそわしながら手に持った皿を黒猫の前へと置いた。
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