第10話
騒いだところでどうしようもない。
相手があまりに悪すぎる。
「お騒がせしました。心配してくださり、ありがとうございます」
集まった人々に丁寧に頭を下げると、蜘蛛の仔が散るようにあっという間に誰もいなくなった。
それを見て桜子も身体の向きを変える。
「佳世。行くわよ」
「桜子!」
「浴衣、縫うんでしょう?」
何事もなかったかのようにその場から離れる桜子を追い、佳世が駆けて来る。
「いいの?本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。ぶつかっていないもの」
「そうだけど……許せないわあの男!今度会ったら絶対文句言ってやる!」
意気込む親友の声を聞きながら、桜子は気付かれないようにそっと唇を噛む。
怒りはあった。
未遂とは言え、死にかけたのだ。
凍るような恐怖と鈍い怒りが胸の奥に沈殿し、桜子の息を詰まらせる。
けれど、それ以上に鮮烈に残っているのは、あの男の眼差し。
冬をそのまま体現させたような、凍てつく瞳。
あんな目をした人間を、桜子は初めて見た。
(藤ノ宮……)
その名をもう一度胸の中で呟く。
そして、脳裏に焼き付いてしまった眼差しを振り切るようにすくむ足を奮い立たせ、踏み出した。
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