第6話

桜子は愕然とした。




つま先から数寸先、黒塗りの物体が止まっている。




後退りしなければ、おそらく怪我どころの騒ぎでは済まなかっただろう。




「桜子!」




顔面蒼白になった佳世が駆け寄って来る前に、黒い物体―――今ではもう珍しくもなくなった自動車の前の窓が開き、真っ青な顔がした運転手の顔が見えた。




「大丈夫ですか!?」




その言葉に辛うじて桜子は頷いた。




「……は、はい……」



「まことに申し訳ありません!お怪我は……っ」



「い、いえ……」




今更になり動悸が激しくなる。




真っ青になる運転手同様、同じように血の気が失せた顔の桜子が何かを言おうとした、その時だった。




「本当にお怪我はございませんか!?本当に申しわ……」



「―――おい」




焦った表情で桜子に話しかける運転手の言葉を、不意に遮る声があった。




自動車の後ろ扉の窓が細く開き、中に人の影を見る。




思わずそちらに視線を向け、桜子は言葉を失った。




硝子越しでもわかる、帝国陸軍の軍服を身に付けた男。




こちらを見る瞳は鋭く、なおかつ冷徹で温かみのひとつもない。




触れたら切れる、という表現が何よりも似合う眼差しだった。




それに加え恐ろしく顔立ちが整っており、まるで精巧な人形のように完璧で表情がない。




全身から冷気すら漂ってきそうで、桜子は思わず身を震わせた。




男はこの事態を焦るでも心配するでもなく、ぞっとするほどの冷たさを纏わせた視線で桜子を貫き、口を開く。

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