最高の人生になると決めている

柳御和臣

プロローグ 「タイムリープ」


「もうそういうのはー、後でしてよぉ」

「えぇ、いいじゃんー」


 東京、繁華街。

 賑やかさと空が反響し、信号を赤に示す横断歩道。

 そして、その向こう側。

 彼が目にした先には、淫らな二人のカップルの姿だ。


「あれって、たしか……」


 一瞬、空気が淀めく。

 

 髪色、服装さえはとても変わっているが、横顔は昔見せた彼女の笑顔のまんま最高に可愛らしかった。


 そして微かに届いた、久しぶりに聞いたあの透き通った声。


 (やっぱり、彼女だ……)


 五年前、彼が初めて恋をしたのが彼女。 

 生憎、その頃の彼は彼女に話しかける勇気は一切湧いてこなかった。

 

 結局、彼は彼女が他の男子と話しているのをただ見ていることしかできない、ただの傍観者にしかなれなかったのだ。

 

 (だけど……)


 彼の体は不思議と前に動く。


 (もう、あの時のような後悔なんて、したくない……) 


「あ、天宮さ……」

 

 しかし、その時。


__彼の体は突然と宙に浮かんだ。


 東京、繁華街。

 賑やかさと彼の記憶が偶然にも化学反応を起こし真っ赤に染まる空。

 そして、その中心には……。

 彼の姿が。



 (あ、あれ、なんでだ……)

 

 向かおうとしていた先に視点を送るも、もうそこには二人の姿はいなかった。


__なんで、こんなにも彼女から遥か遠い存在になったんだ。


 彼が手に握っていた空っぽのレジ袋が揺れる。

 

 (あぁ、本当に何やってんだ、俺……)


__行くあてもなく上京して、今日だって別にここに来た大きな理由なんてない。あるとすれば多分ただ、現実から逃げたいだけだ……。


 そうして、彼はいつの間にか。


 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて……。この五年間、彼には一度たりとも幸福な時間など来たりしなかった。


 (痛い。そうか、轢かれたんだ、俺って……)


 彼の体は、徐々に赤く染まっていく。


 しかし、思い込むにつれ痛みは引いていった。


 後悔よりも、謎の心地よさが彼を包んだのだ。


 (まぁ、どうせ死のうと思ってたしな……)


 彼は、目を閉じる。


__だけど、もし、あの時に戻れてたなら……。


 ありもしない幻想を、頭に刻む。

 本当は、諦めたくなかったあの日の事を。

 もう、逃げるのを繰り返したくないあの日々の事を。

 彼は、思う。

 もし、もう一度チャンスがあるのなら……。


(あっ、雨……)

 

 だけど、時間は変わらず進んでいく。

 空だって、今の俺を忘れるかのように冷たい水を垂らし始めた。


(まぁ、あるわけないよな、こんな俺に……)


 漫画みたいな事が現実で起こりうるわけがない。

 

 そう、昔の出来事はもうやり直すこと何てできない。

 ただ、過ぎるだけなのだ。

 記憶と、共に。

 

__だから、もう諦めないでよ……。


「えっ……?」


 その時、微かに聞こえた。

 この音は、水なんかじゃない。

 言い表せない。


(あぁ、懐かしいな……)


 それは、桜の花びらが散ると同時に現れた。

 大事な、大切な……。

 彼の……。







「ま、まさかな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最高の人生になると決めている 柳御和臣 @syousetuzyuunn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ